第10話 わたし、実はクレーマーでした

わたしはぽかんとしていた。

隆君たちが宇宙生物と呼んだ巨大イカは、一瞬の内に消し炭にされていた。


「姉さんの話を聞いて、疑問に思ったことが一つある」


まるで先の戦闘なんてなかったかのように、隆君は変身状態を解除しながら言った。


「姉さんを襲ったエージェント。彼女が悪霊に襲撃された時、あっという間に掃討したという話だけど、いくら冷静沈着な諜報員だからといって、見たこともない巨大生物に眉一つ動かさないなんてこと、あり得るかな?」

「え、でも実際ぜんぜん驚いてなかったし……」


隆君はにこりと笑う。


「うん、そうだね。だからこういう解釈もできるんじゃないかな。彼女はあの巨大イカの存在を最初から知っていた。異世界の人間が悪霊と呼び、僕らが宇宙生物と呼んでいるあの存在をね。つまりこの巨大イカは、銀河世界や異世界を脅かしているように、姉さんの住む現実世界にも侵食している。そしてそのエージェントは、元々はそれらを掃討する戦闘員だった」


わたしはぽかんと口を開けたまま、隆君の話に聞き入っていた。


「宇宙人も精霊も、人間とは違う名称、文明であるにも関わらず、非常にその形態は酷似している。ならその世界形成の方法も、似たようなものであると考えても良いんじゃないかな」

「つ、つまり……?」

「異世界が『生命の泉』によって魔法を使い、世界を成り立たせているように、僕達銀河世界では『銀河の欠片』が文明を支えている。ならおそらく現実世界では、『いろは歌』がその文明の根幹を支えているんだよ」


わたしは思わず頭を抱えた。

だって最高機密だよ? もっとこう、サスペンス的なものを想像するじゃん?

それが実は、ファンタジーやSFをかじったトンデモアイテムだったなんて言われても……。


「で、でもわたしの世界では、魔法もロボットも存在しないよ」

「そういう体(てい)を取っているだけだろうね。現に、エージェントの彼女が使った強化骨格は、明らかにこの時代の文明には相応しくないオーバーテクノロジーだ」


わたしは混乱していた。

銀河世界とか異世界がどれだけ非常識を押しつけてきても、わたしの住む現実世界だけは今までのままだと信じていたのに。


「精霊は地球の悪霊を退治することで組織の人間をおびき寄せた。おそらくは情報収集が目的だろうね。少なくとも言えるのは、異世界にとって現実世界の悪霊を退治する理由は皆無ということだよ。それがあるなら、銀河世界の僕達がそれを知らないはずがない」

「……じゃあ精霊さんは、現実世界やわたしのことなんて、どうでもよかったんだね」


友達だと思っていただけに、ショックもひとしおだ。


「問題はそこじゃない」


隆君はきっぱりと言った。


「問題なのは、彼らの目的が斎藤陽一を炙り出すことにあるのなら、もう目的は達成しているということだよ」

「それがどうして問題なの?」

「組織は『いろは歌』を。銀河は『銀河の欠片』を奪われた。なら当然、異世界だって何かを盗まれていてもおかしくない。それもとびきり大切なものがね」


わたしは、さあと血の気が引いていくのを感じた。


「……『生命の泉』」

「そして今、それがあると考えられているのが──」


ドオン!

まるで大砲でも撃ち込まれたような音と共に、機体が大きく揺れた。

さっきまでとは比較にならない大きさだ。


「来たね」


隆君の言葉が合図だったのか、何もなかった空間に大きなスクリーンが現れた。

おそらくは、この船の正面から撮られた映像なのだろう。

そこには無数の人間が宙に浮かんでいた。

その派手な恰好が、彼らが何者なのかを表している。


「魔法少女!」


ちびっ子たちが見るアニメなら、今この瞬間が一番興奮するクライマックスシーンだろう。

しかし正義に狩られる悪の立場にいるわたしたちにとって、それは最悪の恐怖シーンだった。


「どどど、どうするの⁉」

「さあて。どうするかな」


隆君はとっても余裕だ。

もしかしたらこの船は、魔法少女が束になっても敵わないすごい兵器が積んであるのかもしれない。

そんな淡い期待を抱いていると、おじさんが無言でくるりと背を向けた。

一気に扉へ走ろうとした瞬間、その肩を隆君に捕まれる。


「まあ待てよ、バド。姉さんが怖がってる」

「知るか! 死にたいなら一人で死ね!」


そのやり取りを見て、わたしはいっそ清々しい気持ちだった。

淡い期待が打ち砕かれて、妙に心地良い諦めの境地に達していたのだ。

「ああ、ここで死ぬんだな」と思うと、自然と笑みがこぼれて来る。


その時だった。

突然、隆君がぐるんと回転したかと思うと、わたしのすぐ横に正拳突きをくらわした。


「ほえっ?」


思わず情けない声がでた。

その次の瞬間、ズドンと音がして、隆君が拳を突き出した方向にある壁が、半円を描くようにめり込んだ。


しょ、衝撃派!

初めて見たけど、めちゃめちゃかっこいい‼


「そうじゃないよ姉さん。よく見て」


簡単にわたしの心を読んでみせた隆君の言葉を受けて、わたしはよーく衝撃派でへこんだ壁を凝視した。

ジジジと電気が迸るような音が聞こえたかと思うと、何もなかったへこんだ壁から、一人の少女が姿を現した。


「せ、精霊さん⁉」


確かにそこにいたのは精霊さんだった。

壁にもたれかかって苦しそうにしているのを見て、ようやくわたしは、透明になった精霊さんが隆君に殴られたんだということがわかった。

わたしは慌てて精霊さんに近づいた。

しかしすぐに精霊さんにステッキを突きつけられ、思わず足を止めた。


「どういうことです?」

「え? な、なにが?」

「捕らえられたはずなのに、枷もされてない。……最初から私を騙してたんですか」


精霊さんに睨まれて、わたしは焦ってしまった。

こういう時、いつも必要以上に挙動不審になって、結局信じてもらえないのがわたしの常だ。


「え? ちち、違うよ? その……ホントに違うの。ええと、隆君はわたしの弟だから、それで……じゃなくて、ええと、最初はちゃんと捕まってたんだけど、その……」


わかっていても治せないのだから、もはやこれは性格ではなく、サガといってもよいかもしれない。

そしてそういう自分が嫌になって、じんわりと涙があふれてくるのもいつものことだった。


「理屈で責められないから泣き落としですか。私もずいぶんと甘くみられたものですね」


そんなつもりじゃないのに……。

わたしがしょぼくれて何も言えないでいると、隆君がにっこりと笑った。


「ずいぶんな言いぐさだね。先に騙していたのはどっちだ?」


精霊さんが隆君を睨んだ。

眼光だけで人を殺せそうな目だ。

女の子を魔法少女にしてくれる夢に溢れた精霊さんが、していい目じゃない。


その時、隆君が一瞬で精霊さんとの距離を詰め、拳を固めた。

精霊さんがハッとして、すぐさま身体を飛翔させて回避する。

隆君の変身しながらの打突は、優に壁を貫いている。

隆君は、その腕をずぼりと引き抜いた。


「素早いね。姉さんに力を分け与えていたという説は却下かな。まあ君たちの言う魔力がヘリックス粒子と同じようなものなら、換装装置さえ与えたら素人でもある程度は動けるし、当然か」


隆君はゆっくりと精霊さんへ近づいていく。

精霊さんの額に、冷や汗が流れるのが見えた。

その光景を見ていられなくて、わたしは思わず隆君の前に出て、両手を広げた。


「何をしてるの? 姉さん」

「待って。ちょっと待って」


わたしは焦って、それしか言葉が出てこなかった。


「僕の話は聞いてたよね? こいつは姉さんを騙していた。あまつさえ、姉さんごと僕達を殺そうとした。許されることじゃないよ」

「だったら精霊さんがここに侵入してくる必要もない!」


遠くで事の推移を観察していたおじさんが、一人ぽんと手を打った。


「おお、なるほどな」

「……バド。お前はどっちの味方だ?」

「俺はいつでも俺の味方だよ。だがまあ、クオ。今回は姉さんの話を聞いてやってもいいんじゃないか?」


隆君は小さくため息をつき、腕を組んだ。

渋々話を聞こうとする時、隆君はよくこういうポーズを取る。


「隆君、聞いて。精霊さんは味方だよ。嘘をついてたかもしれないし、騙してたかもしれない。でも……でも、味方だよ。友達だよ」

「その根拠が聞きたいんだけどな。僕は」

「え、根拠……」


難しい単語はよくわからない……って言ったらごまかせるかな。無理かな。


「なんなんです。あなたは」


わたしが口ごもっていると、精霊さんがぼそりと言った。


「事情は全部わかったんですよね? 私はあなたに嘘をついてたんですよ。嘘をついて、騙して、ずっと監視していたです。あなたが懸命に私の命を助けようとしてくれている間も。なのに!」


精霊さんは、ずっと下を向いていて、どんな表情をしているのか分からない。

わたしはゆっくりと彼女に近づいて、膝を折った。


「たぶんね。わたし、精霊さんが思ってるほどいい人じゃないよ」


精霊さんは黙っていた。

でも、ちゃんと聞いてくれていることは、なんとなくわかった。


「誰かに文句言われて、むっとすることもあるし、思い通りにいかなくてわめき散らすこともあるし。猫姫ちゃんが全然動画投稿してくれなくて、ツイッターで催促したこともある」

「えぇ……」

「ぶっちゃけ引く」

「人に迷惑かけちゃダメだよ、姉さん」


怒涛の三連責めだった。


「だ、だから反省してるって言ってるでしょ!」


白い目で見ている精霊さんに気付き、わたしは慌てて空咳を打った。


「ええとね。だからなんていうか、別に間違ってもいいと思うんだ。これからお互いのことを知っていけばいいんだよ。わたしも、精霊さんも。だってわたしたち、友達でしょ?」


わたしはにこりと笑った。

嘘をつかれるのは困るし、騙されるのはむかつくけど、それならその時文句を言えばいいだけだ。文句を言って、喧嘩して、それから仲直りすればいい。

だって、それが友達なんだから。


「……セイレーン」

「え?」

「私の名前です」


精霊さんは、少しだけ顔を赤くしながら、そう言った。


「うん! 改めて、よろしくね。セイレーン」


わたしが手を差し出すと、おずおずと、セイレーンは手を握ってくれた。

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