第9話 異世界人の嘘


「それよりクオ。これはどういうこった? なんで捕虜を解放してんだよ」

「バド。悪いけど、僕は姉さんの味方をすることになった」

「は?」

「本部にはお前から連絡しておいてくれ」

「おいおいおい! なにやってんだよ。エリート街道まっしぐらで黒星一つつけずにトップになるんじゃなかったのか⁉」


隆君は面倒くさそうにおじさんを睨みながら立ち上がった。

わたしと話していた時とは、温度が三度くらい下がっている気がする。


「先の尋問の結果、七海リカは斎藤陽一の居場所を知らないという結論を下した」

「はあ?」

「七海リカは中立だ。だからこちらに便宜を図るように現在交渉している」

「便宜って言うが、この嬢ちゃんに一体何ができるんだよ」

「言っただろ。七海リカは中立だ。この状況で、中立でありながら部外者ではない存在というのは貴重だよ」


おじさんが納得していないのは明らかだった。

イライラしてたし、眉間に皺を寄せてたし、なんなら床に唾を吐き捨てそうな雰囲気だった。

でも隆君は涼しい顔をしていたし、そんな隆君を見て、おじさんも怒りを抑えたようだった。


「……分かった。お前のことだ。もうすでに策を練ってあるんだろ。従うよ」

「相変わらず判断が遅いな、お前は」


言葉短な返答に、さらに怒りを倍増させたのは表情を見ていればすぐに分かった。

しかし隆君は、そういう部下の心理ケアを華麗にスルーして、わたしの方へ笑顔を向けた。


「さて姉さん。僕を信じると言ったからには、正直に全部答えてもらうよ」

「え? う、うん」

「姉さんの身体からヘリックス粒子が観測されている。これは誰にやられたの?」


ヘリックス粒子って、さっき言ってたなんかすごいやつのこと……?


「よくわかんないけど、魔法少女にさせられた」

「なるほど」


隆君はうなずいた。

なるほど……なのか? よくわからない。


「じゃあ次の質問だ。……バド」


そう言って、隆君はおじさんに合図した。

おじさんは舌打ちしながらも、懐から口紅を取り出した。


「あ、それわたしの!」

「あの時、どうして学校にいたの?」


それって、話していいのかな。

でも隆君を信じると言ったからには、全部話さなきゃいけないらしい。

わたしが信じると言ったのは、斎藤君の居場所を知らないということを信じるという意味だったはずだけど。


「ええと……じ、実はね」


わたしは洗いざらい全部話した。

隆君は顎に手をやって、じっと床を見つめながらわたしの話を聞いていた。


「つまり姉さんは、斎藤に誘導されてあの場所にいた。そうだね?」

「う、うん……。てっきり、斎藤君がわたしに何か残してるのかと思って」


隆君とおじさんが互いを見つめ合ってうなずいた。


「実はこの口紅にはちょっとした細工があってね。ヘリックス粒子で発信機の機能が付与されていたんだ。もっと詳しく言うと、蓋を開けると発信機の機能が発動するようになっていた」


……ええと。

それはつまり、どういうこと?


「僕達にとって斎藤陽一は要注意人物だ。だから僕達はいつでも斎藤陽一を追跡できるように発信機をつけておいたんだ。しかし斎藤陽一は、器用にその機能だけを抽出し、この口紅に仕込んでおいたようだ」


よくわからないけど、人のものを勝手にいじらないで欲しい。


「結果僕達は無駄足を踏んだけれど、それによって大きな変化が生じた」

「変化?」

「姉さんだよ」


わたしは目をぱちくりさせ、自分で自分を指さした。


「姉さんが僕達の存在を知った。これは非常に大きな意味を要する。何故なら斎藤陽一が、わざわざそう仕向けたんだからね」

「斎藤君が仕向けた……? どうしてそんなことするの?」

「さあね。分からないから困ってる。斎藤陽一が何を考えているのか。僕達はまるで分からない。だからこそ、後手に回らざるを得ない。おそらくこの男は、意図的にそうなるように動いているはずだ」


なるほど。

なんとなくだけど、わかった気がする。

精霊さんは銀河世界が斎藤君を匿ってると思ってる。

そしてクミちゃんは、異世界が斎藤君を匿ってると思ってる。

斎藤君が何をしたいのか、みんな分からないから、みんな斎藤君の居場所を勘違いしているんだ。

そしてそういう状況を、敢えて斎藤君は作り出した。


「ちなみに、斎藤君って銀河世界で何をしたの?」

「『銀河の欠片』を盗んだ。僕達の文明の根幹を作るものだ」


また盗みか。人の者を盗るのが好きなのかな?

小学校の頃は、そういう子がクラスに一人くらいはいたけど。


「さて。斎藤陽一のことが分からないなら、分かるところから探って行こうか」

「分かるところって?」

「異世界についてさ」


わたしは首をかしげた。

はて。異世界について探ることなんてあったっけか。


「もしかして、隆君も異世界が斎藤君を匿ってると思ってるの?」

「いや、その可能性は低いとみてる。そうしないと均衡を保てないからね」

「均衡?」

「情報戦における均衡さ。おそらくだけど、斎藤陽一のやりたいことは、敢えて同じ条件下で、三つの世界を情報戦に巻き込むことだと思う。七海リカ争奪戦という形でね。その結果三つの世界を敵対させることが目的だろう。だから全員を疑心暗鬼にさせる必要がある。そのためには、どれか一方に肩入れするのは得策じゃない。だから自分は雲隠れし、不安要素だけを落とし込んだ。姉さんという不安要素をね」


ううむ……。

わたしの頭は、もうすでにたくさんの情報でパンパンに膨れ上がってしまっている。


「だから結論として、三つの世界のどこにも斎藤陽一は存在しない。三つの世界から隠れるくらいのこと、斎藤陽一なら簡単にできるからね」


そこは精霊さんの推理と違うところだ。

でも斎藤君が本当に三つの世界から隠れることができるなら、隆君の言っていることの方が、筋が通っている気がする。


「ならここで一つ疑問が生じる。斎藤陽一が三つの世界を疑心に追いやることが目的なら、異世界は明らかに異質だ。一つだけ斎藤陽一と敵対していない。姉さんを味方につけることで、間接的にそれを公表してしまってもいる。しかしそんなことをすれば、残り二つの世界が結託して異世界を攻め落とすかもしれない。斎藤陽一を匿い、全ての情報を知っているなら絶対にしない行為だ。結論として、異世界は斎藤陽一を匿っていない。匿っていないが、明らかな嘘を姉さんについている」

「ええ⁉」

「そもそも考えてみて欲しい。異世界の人間は、どうして赤の他人である姉さんに力を与えたの?」


……なんだっけ。

確か、悪霊が現実世界にも侵食していて、それを止めるには魔法少女が必要で、今まで斎藤君が担っていたその役目を肩代わりしろという話だった気がする。

わたしは正直にそのことを隆君に伝えた。


「何故守らなくちゃいけないの?」

「なぜって、悪霊は知識とか文明を食べちゃう悪いやつだから、とても危険で──」

「そうじゃなくて、何故異世界の人間が現実世界の悪霊を退治しないといけないの?」

「……」


なぜだろう。

そういえば、ちゃんと考えたことなかった。


「精霊は悪霊を退治できないという話だけど、それも本当かどうか怪しいな」

「でもでも。精霊さんが弱いのは確かだよ。たぶんわたしより弱い。悪霊退治ができないのも分かるっていうか……」

「君に力を分け与えたからという解釈もできる」


そう言われればぐうの音もでない。


「そもそも、その精霊さんとやらと最初に出会った時、悪霊退治するために単身現実世界に乗り込んでいたそうじゃないか。本当に悪霊退治ができないなら、そんなことするかな?」

「……そう、かもしれない」


精霊さんを疑うのはすごく嫌だけど、隆君の言っていることはよくわかる。

わたし自身、疑問に思ったのも確かだ。

あれだけアルマジロさんに啖呵を切っておきながら、実力は遠く及ばないと聞かされた時は。


「仮に精霊さんに悪霊を退治する力があったとしよう。となると、そもそも姉さんを魔法少女にする必要はない。これがどういうことだか分かる?」

「……ええと」

「姉さんは斎藤陽一の代わりに魔法少女にされたわけだけど、現実は違うということさ。おそらくだけど、斎藤陽一が悪霊から現実世界を守っているという話も、あまり信用しない方がいい」

「……それは、ちょっと話が飛び過ぎてるというか……」

「現実世界の悪霊を退治することで異世界に何らかの利益がある場合でなければ、精霊の行動に合理的説明がつかない。そのことについて説明がなかったのなら、美談では済まない何かがあるということさ。慈善活動で命を賭けるお人よしは姉さんくらいだよ」


それって褒められてるのかな。


「どちらにせよ、精霊は嘘をついていることになる」


違う。そう言おうと思ったけど、言葉にできなかった。

わたしは馬鹿だけど、それでもやっぱり、精霊さんの言動に引っかかるものがあるのは確かだ。


「……じゃあ斎藤君が異世界を守った勇者だっていう話は?」

「斎藤陽一の味方だということを印象付けたければ、そういう嘘をつく可能性もある」


えぇ~。じゃあ何を信じたら良いのか……。


「でも実際に悪霊は現実世界に存在するし、それが異世界に影響を与える前に数を減らそうとしたってことはないのかな」

「それについては一つ仮説がある。実は──」


突然、船が大きく揺れた。

わたしが思わずたたらを踏んでいるにもかかわらず、隆君もおじさんも、微動だにせず冷静な顔を保っていた。


「早いな。何重にも迷彩をかけたはずだけど」

「いや違うぜ。こいつは……」


おじさんが言い終わらない内に、突然壁にヒビがはいった。

何かが体当たりするような音が何度も聞こえ、壁の一部が破壊されたかと思うと、そこから巨大イカが姿を現す。


「悪霊!」


その言葉を聞いて、隆君はにやりと笑った。


「やっぱりか」


やっぱり?

わたしが首を傾げていると、急に隆君の身体が光を帯び始める。

しばらくして光が収まると、隆君の身体は一変していた。

ゴツゴツした固そうな皮膚。ところどころに白い鎧のようなものがついていて、顔はドラゴンを彷彿とさせる角の生えた兜が覆っていた。

まるで悪役怪人のような姿だ。


「バド、サポートしろ。これより宇宙生物を駆逐する」

「え? 宇宙生物?」


わたしが混乱する中、隆君は悪霊……もとい、宇宙生物に突進していった。


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