第7話 宇宙人は身近にいる


わたしたちは遠く離れた廃ビルの中に隠れた。

周りは隠れられるような建物がたくさんあるし、さすがに見つかることはないだろう。


「クミちゃん、だいじょうぶかなぁ……」

「またその話ですか。大丈夫に決まってます。あのまま間髪入れずに追撃していたとしても、死んでいたのは私達ですよ。それだけの実力差があることを自覚するです」


なんだかわたしがダメみたいな話になってしまった。

しょんぼりしていると、精霊さんがぼそりと言った。


「……それよりも、なんで助けたです?」

「え? なにが?」

「なにがって……。リカさんの命は保証するって、あのエージェントさんは言ってたじゃないですか。なのに何故私を助けようとしたのかって聞いてるです」

「だって、友達を助けようとするのは当然でしょ?」


精霊さんはぽかんとしていた。

何かまた馬鹿なことを言ってしまったかもしれない。

精霊さんがずっと黙ってしまっているので、居たたまれなくなって、わたしはスマホを取り出した。

こういう気持ちばかりが逸って胸がチクチクする時は、猫姫ちゃんの動画を観るに限る。


「……それ誰です?」


その言葉は、わたしの猫姫ファン魂に火をつけるに十分だった。


「猫姫ちゃんに興味あるの⁉」


ずいと身を乗り出し、顔を至近距離まで近づけて、わたしは言った。


「……え?」

「猫姫ちゃんは元々引きこもりで高校中退しちゃったんだけど仕事する気になれなくて楽して稼げないかなぁと思ってユーチューバーになったんだけど引きこもりなのにファッションとかすごく詳しくてめちゃめちゃ参考になるしすっごくかわいくて声も舌ったらずで基本めんどくさがりだから投稿頻度が超遅いんだけどチャンネル登録者数が100万人くらいいてとにかくすごいの‼」

「そ、そうですか……」


精霊さんのリアクションは薄かった。

ごめん猫姫ちゃん。新たな猫姫信者を作ろうとしたけど、わたしには無理だったよ……。


「でも、どうしたの急に? 前に悪霊退治してた時は、わたしがスマホ見てても全然無関心だったのに」

「い、いえ……。と、友達……ですから」


かあと、精霊さんの頬が赤くなる。

その様子がすごくかわいくて、わたしは思わず抱きついてしまった。


「な、なにするですか!」

「だってかわいいんだもん」


精霊さんは抵抗の意思を見せはしたけど、まんざらでもなさそうだった。

しかし何かを思い出したように、精霊さんの顔はすぐに暗くなる。

どうしたんだろう。何か不安なことでもあるのかな。


「……それよりも、これで一つはっきりしたことがあるです。組織の人間は、斎藤さんの行方を知らないということです」


確かに精霊さんの言う通りだ。

クミちゃんが斎藤君のことを知っていたのなら、あれほど執拗にわたしを追いかけ回したりはしないだろう。


「なら斎藤さんの居場所については、答えが出たも同然です」

「え⁉ どこどこ⁉ わたし、ぜんぜんわからなかった‼」


精霊さんは呆れたようにため息をついた。


「異世界でも現実世界でもないなら、銀河世界に決まってるです。おそらく斎藤さんは、宇宙人の奴らに匿われているですよ」

「なるほどなー。……あれ? でもアルマジロさんは、斎藤君を探してるって言ってたような……」

「ブラフに決まってるです。自分達が匿っていると知られたら、二つの世界から襲撃を受けることになるですから」

「ふーん。……どうして異世界の人は銀河世界を襲撃するの?」

「え?」

「だって、悪霊退治なら他の人でもできるでしょ? わたしもできてるし」


精霊さんは黙り込んでしまった。

わたしが首を傾げていると、急に大きな揺れが廃ビルを襲った。

一瞬クミちゃんの襲撃を予想して身構えたけど、どうやらただの地震のようだった。

しばらくすると、何もなかったかのように収まった。


「けっこう大きかったねぇ。家とかだいじょうぶかな……」


ん? 家?

わたしの頭の中で、嫌な予感が過ぎった。


「……そういえば。クミちゃん、わたしの家知ってる」


組織とやらがどういうものかは知らないけれど、クミちゃんの恐ろしい猛攻を見るに、かなり危険なものに違いない。

もしもそんな人たちがわたしの家族を知ったら……。


「ちょ、ちょっと見て来る!」


わたしは慌てて駆けだした。


「あ、待ってくださいリカさん!」


精霊さんの方を振り向くと、彼女はわたしの唇にリップクリームのようなものを塗った。


「別に乾燥してないよ」

「じゃなくて、こっちの世界で言う発信機みたいなものです。これを持ってると、塗った人間の場所が分かる優れものです」

「すごーい! 本物の魔法少女みたい!」

「本物の魔法少女なんですけどね。……まあいいです。とにかく、これで何かあっても私には分かるですから、安心して行ってください。あ、一応そっちからも私の位置が分かるので、その方法も教えときますです」

「うん。ありがとう!」


わたしは精霊さんから使い方を教わり、廃ビルをあとにした。


◇◇◇



わたしは急いで家に帰った。

幸いなことに、家自体は特に変わったところはない。

どうやらいきなり襲撃されるようなことはなかったみたいだ。とはいえ、家族の身が安全かどうかはわからない。

わたしは急いで玄関を通り、リビングのドアを開けた。


そこにいたのは隆君だった。

身体はピンピンしていて、怪我もないようだ。

本来なら、ほっと一息つくところだけど、わたしはまったく安心できなかった。

何故なら隆君の隣には、わたしが魔法少女キックで粉砕した、巨大なアルマジロがいたからだ。


「あ、お前、いつぞやの」


アルマジロさんは、そう言ってわたしを指さした。

わたしが混乱していると、隆君がじろりとアルマジロさんを睨んだ。


「聞いてないぞ」

「あ~、すまん。お前の姉だとは思わなかった」


わたしはそのやり取りを、目をぱちくりさせながら聞いていた。


「お前のやり方はいつも大雑把過ぎる。毎回尻を拭わなければいけない僕の身にもなれ」

「そうは言ってもよぉ。こいつを操作するのってかなり窮屈なんだぜ? なんてったってデリケートだしな」

「お前からそんな言葉が聞けるとは思わなかったよ」


隆君は小さくため息をつくと、いつも見せてくれる笑顔をわたしに向けた。


「姉さん。ずっと黙っていたんだけど、実は僕、宇宙人なんだ」

「what?」


思わず心の中の単語が口から漏れ出てしまった。


「急に驚かせてごめん」


驚くなんてものじゃない。

アンビリーバボーだ。

常識では考えられないことが、明日でなく今日起きた。

しかし、わたしは腐っても隆君のお姉さんだ。ここで威厳を見せずしていつ見せる。

わたしは無理やり笑顔を作ってみせた。


「う、ううん。だいじょうぶだよ。宇宙人って言っても、人間と同じ身体だしね。同性愛とかとそんなに変わらないよね。わたし、そういうのぜんぜんだいじょうぶだから」


猫姫ちゃんが言っていた。

人と違うからと言ってその人を否定していたら、いつか自分自身も否定されちゃうって。

だからわたしは、たとえ弟がゲイでもレズでも宇宙人でも、ぜんぜんだいじょうぶだ。


「ええっと、そのアルマジロさんとはお友達なの?」

「お友達というよりは、部下かな」

「……へー」


そっかぁ。

中学生にして、もう部下を持つような人になったのかぁ。

姉として誇りに思う。


「ところで姉さん。今は学校にいるはずだけど、どうしたのかな」

「え? ええっと……なんていうのかな。家族が心配になって……」

「へぇ。何故?」

「何故って……色々あって、悪い人に追われてる……から?」

「色々ってなに? 姉さんは何をして、どんな悪い人に追われているの?」


ヤバイ。

これはあれだ。

パパとママに密偵を頼まれている時よりもヤバイやつだ。

なんとなくわかる。


わたしは後ずさりした。

隆君が、一歩前に出る。


「それはちょっと言えないっていうか……、あんまり人のこと、ぺらぺら喋るのはよくないというか……」

「それは場合によると思うけどね。少なくとも、姉さんはその人たちを悪い人達だと思ったんでしょ? だったらそんな気を遣う必要はないんじゃないかな」


どうしよう。

思い返してみて、今わかった。

わたし、隆君と口論して、勝ったことがない!


「分かった。じゃあこうしよう。その悪い人達から、姉さんを守ってあげるよ」

「へ?」

「どんな敵かは分からないけど、こっちの世界には来れないはずだしね」


パチンと隆君が指を鳴らすと、突然天井が蓋のようにぱかりと開いた。

屋根の代わりに円盤型の宇宙船が現れたかと思うと、まるで巨大掃除機に吸われるように、わたしの身体が宙へ浮いた。


「ふおおぉおお⁉」


わたしはテーブルにしがみついた。

しかし小さな家具は為す術もなく、宇宙船の中に吸い込まれる。

小洒落たランプ。旅行先で買った人形。お気に入りのマグカップ。時計。ティッシュ箱。写真立て。

将来結婚できなかったら一生住みつこうと密かに決めていたわたしの家が、どんどん破壊されていく。

指が耐えきれなくなって、とうとうわたしは手を離してしまった。


「わたしのマイホームがぁ‼」


そんなことを叫びながら、わたしは宇宙船に吸い込まれた。

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