第6話 親友は無敵の殺人マシン
わたしは全速力で走った。
「リカさん? 一体どういう状況──」
むんずと精霊さんの襟首を掴み、非常口の扉を突き抜け、階段を滑るように駆け降りる。
「どうしたんです⁉ 悪霊はどうなったんですか⁉」
「悪霊はクミちゃんが倒した! でもクミちゃんが組織の人間で、よく分からないけどわたしが●●らしくて!」
「ちょっ! いたいけな女子高生がそんなこと言っちゃダメです!」
わたしたちは階段を降りると、そのまま学校の外へと走った。
その時だ。
ガシャンと音がして振り向くと、三階から一気に飛び降りるクミちゃんの姿があった。
ドズン! と、凄い音がして、クミちゃんは着地した。
地面が落下の衝撃で足形を作っている。
じろりと、クミちゃんは血走った目でわたしを睨んだ。
「ひえええぇ‼」
わたしは全速力でその場から退散した。
◇◇◇
わたしは住宅街を走りながら、後ろを振り返った。
追ってきていない。
少しだけほっとするも、まだまだ安心はできない。
徐行モードに切り替えながらも、後ろの警戒だけは怠らないようにしなければ。
「精霊さんって異世界から来たんだよね。アルマジロさんが使ってた光の扉みたいなのってないの?」
「光の扉?」
「地球に来るためのゲート的なやつ。それで逃げればよかったんじゃないかと思って」
「それはダメです。門を開けばしばらくは閉じることができなくなるです。そうなったら、敵にわざわざ本拠地を知らせることになるです。閉じた門を無理やりこじ開ける方法もありますし、門の場所を知られることは避けないといけないです」
ふーん。そんなものなのか。
……あれ?
今、なにか思いついたような気が……。
そんなことを思いながら、わたしは何気なく横を向いた。
変哲のない一軒家が立ち並ぶ中で、奇妙な影が目に映る。
ベランダの柵に飛び移り、跳び箱のように屋根を超える漆黒の姿は、まさしく忍者のようだった。忍者のようなクミちゃんだった。
「パルクール!」
中学の時、ユーチューブで動画を観てからというもの、一運動部員としてその格好良さに憧れていた。
けれど今、その憧れは恐怖に塗り替えられた。
クミちゃんのパルクールは動画なんかよりもよっぽどすさまじく、よっぽど速い。
クミちゃんはわたしと並行すると、大きく跳躍し、電信柱に両足をつけたかと思うと、ロケットのようにこちらへ飛び込んできた。
「ひえええぇ‼」
わたしにはもはや叫ぶことしかできなかった。
クミちゃんが、笑みを浮かべてわたしの頭へ手を伸ばす。
ガシャアアアン‼
その瞬間、ちょうど向かいからトラックが走って来て、クミちゃんと激突した。
トラックはすぐには止まれず、フロントにクミちゃんをへばりつけたまま走って行き、コンクリートの家に激突した。
「……し、死んだ」
わたしは親友の死を確信した。
最後の思い出は恐ろしく怖いものになってしまったけれど、それでもわたしにとって、クミちゃんはクミちゃんだ。
「クミちゃん。あなたのことは忘れない」
「そんなこと言ってる場合ですか! 早く逃げますで──」
精霊さんの声が止まり、さあと彼女の顔が青くなる。
どうしたんだろうと思っていると、ふいにわたしの周りが少しだけ暗くなった。
上空から影が落ちていることに気付いた時、その影がわたしを中心に、どんどんと大きくなっていることが分かった。
「リカさん! 早く逃げてください‼」
上を向くと、わたしに向けてトラックが落ちて来ていた。
「うそおおおお⁉」
グシャアと鈍い音が響く。
わたしは思わずその場でへたり込んでいた。
目の前でぐしゃぐしゃになったトラックは、見事にわたしの逃げ道を塞いでいる。
「遺言はあるか?」
クミちゃんはぴんぴんしていた。
悪霊を叩きのめし、学校の三階から飛び降り、トラックに轢かれたというのに。
すごいと思う。怖いと思う。
でもそれ以上に、別の感情がどんどん膨れ上がっていく。
「どうして……」
「それは私がアンタを狙う理由? それとも、私がアンタに嘘をついていた理由?」
「どっちもだよ!」
わたしは思わず叫んだ。
誰かに直接怒りをぶつけるのは、初めてのことかもしれない。
いや、怒りなのかな。どちらかといえば、悲しいに近い感じがする。
クミちゃんは、顔色一つ変えずにじっとわたしを見つめていた。
「……私は斎藤陽一を監視するために派遣されたエージェントだ。ターゲットに気付かれないように、ただの生徒に扮する必要があった。それが嘘をついていた理由。そしてアンタを狙う理由だが、それはアンタが一番良く分かってるだろ」
「わかんないよそんなの! わたしだって、自分のことだけでいっぱいいっぱいだもん!」
クミちゃんは小さくため息をついた。
おバカなわたしを、優しく宥(なだ)める時のように。
「斎藤陽一が異世界と銀河、両方の世界に精通していることは分かっていた。我々から追われている以上、斎藤陽一はどちらかの世界に匿われているはずだ。斎藤陽一がアンタを恋人にしたのは、別世界にいる自分に代わって、現実世界で何らかの目的を達成するための人員を欲したためだろう。つまりアンタが知ろうが知るまいが、斎藤陽一とアンタは密接に関係しているということだ。その中で、アンタが異世界から何らかの力を授かるほどの関係性を築いたとするなら、必然的に斎藤陽一を匿っているのは異世界ということになる」
「なるほどです。あなたの立場からすればそう考えるのは当然ですが、事実として、我々異世界も斎藤さんの行方を知りません。信じてください。……リカさん。あなたからも何とか言ってください。元々、ご友人なんでしょう?」
わたしはふんふんと頷いた。
「……大変残念なお知らせだがちびっ子。コイツはまるきり事態を理解していないぞ」
精霊さんが、引きつった顔でわたしを見た。
「……マジですか?」
「そ、そんなことないそんなことない! えっとあれでしょ? 斎藤君はどこにいるのかなぁって話でしょ⁉」
精霊さんが哀れみの目で見つめてくる。
ちゃんと理解してるのに……。
「しかしエージェントさん。そこまで分かっているなら、リカさんを尋問したところで得られるものがないことも分かっているはずです。この単純な盤面も理解できない残念な子を捕まえる理由はあるですか?」
残念って……。
名前を書き忘れて0点だったテストを先生に暴露された時より落ち込む。
「ある」
クミちゃんの答えは単純明快だった。
「理由は?」
クミちゃんはふっと笑った。
「言えないね。何故なら──」
一瞬で、クミちゃんの姿が消えた。
ハッと思った時、クミちゃんはわたしに……いや、精霊さんに肉薄していた。
「時間稼ぎしてるのがバレバレだからな」
精霊さんの顔が恐怖に染まる。
精霊さんは、両手で包み込むようにして、光の弾を精製している最中だった。
クミちゃんの瞳孔が開いた。イカの身体を貫いた腕が、精霊さんへと伸びる。
「変・身……キーック‼」
変身と同時に、左回し蹴りをクミちゃんにお見舞いする。
が、クミちゃんは片手でその足を掴んだ。
「あり?」
軽々と持ち上げられ、わたしの身体が宙づりになる。
クミちゃんは大きく振りかぶった。
「ひええぇ! タンマ、タンマ‼」
思い切り、わたしの身体が地面に叩きつけられる。
魔装で守られているはずなのに、全身に激痛が走り、目がチカチカする。
「あ……ぐ……」
声がでない。
身体も動けない。
そんなわたしを確認して、クミちゃんは再び精霊さんの方へ身体を向けた。
大変だ。
このままじゃ、精霊さんが殺される。
わたしは渾身の力を振り絞って、身体を動かした。
立つことも儘ならない身体をずるずると引きずり、わたしは精霊さんに抱きつくようにして、覆いかぶさった。
「どけ」
「どかない!」
しばらく、クミちゃんは黙った。
「……分かった。じゃあそこをどいたら命は助けてやる。尋問も痛いことはしない。リカは痛いの嫌いでしょ? これでどう?」
「…………やだ!」
クミちゃんは舌打ちした。
「じゃあ死ね」
わたしは、ぎゅっと目を瞑った。
「いいえ。残念ながら、死ぬのはあなたです」
バアンと凄い音がして、クミちゃんが吹っ飛んだ。
見ると、精霊さんの両手から、白い蒸気があがっていた。
「魔力を凝縮させて爆発させました。私程度の魔力でも、なかなか効くものですね」
クミちゃんは仰向けに倒れたまま、ぴくりともしない。
だいじょうぶかな……。
わたしが様子を見に行こうかと思っていると、精霊さんにぐいと腕を引っ張られた。
「早く行くですよ!」
「う、うん……」
わたしは何度もクミちゃんの方を見ながら、その場をあとにした。
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