第5話 結局人間が一番怖い


「クミちゃん!」


ばんと教室の扉を開けると、クラスメート達の視線がわたしにくぎ付けになる。

教室は、既に授業中だった。


「……リカさん。あとで職員室に来なさい」


先生にそう言われ、クラスの皆から笑われ、わたしはしょんぼりしてしまった。

先生に言われるまま、自分の席に戻り、わたしは教科書を机に広げた。


「……リカ。マジでどうした?」


隣の席のクミちゃんが、こっそりと話しかけてくれた。


「あ、あのね。言いにくいんだけど、教室から逃げないとヤバイの」

「ヤバイのか」

「そう。ヤバイの」


クミちゃんは、何かを考えるようにシャーペンの頭で唇をとんとんと叩く。

かと思うと、突然手を上げた。


「先生。リカの奴、なんだか具合が悪いみたいなんで、保健室に連れて行ってもいいですか?」


先生はいぶかし気な目でわたしを見ていたけど、クミちゃんは見事な話術で先生を説き伏せ、わたしの手を引っ張って教室の外に出た。

ずんずんと目的を持って進むクミちゃんに、わたしはあたふたしていた。


「ク.クミちゃん。一体どうするの?」

「どうするって……」


クミちゃんは、拳を作ると、すぐそばにあった火災報知器のスイッチを叩いた。


ジリリリリリ‼


大きな音が学校中に響き渡る。


「こうすればいい」


わたしは思った。

信じてくれるのはとてもうれしいが、それにしたってやり過ぎである。


「んで、次は? 学校の外に出ておけば安全なの?」

「え、ええと……まあ、多少は」

「多少?」


クミちゃんは首を傾げた。


「ねぇ。ヤバイってのは、一体どうヤバイの?」

「あ、あのね。それは……ええとね」


どう説明したものかと、わたしは人差し指で人差し指をつつくようにして考えていた。


「……ねぇ、リカ。昨日から私に隠し事してない?」


ドキリとした。


「そ、そんなことないよ~?」


わたしは斜め上を向きながらそう言った。

クミちゃんは呆れたように、小さくため息をついた。


「……私はアンタのことが心配なだけなの。斎藤のことだってそう。アンタ最後まで勘違いしてたけど、私が釣り合わないって言ったのは、アンタが斎藤に釣り合わないんじゃなくて、斎藤がアンタに釣り合わないって意味だからね」


わたしは目をぱちくりした。


「え? なんで? 斎藤君って頭良いし、運動もできるし、わたしなんか何も──」


クミちゃんの温かい手が、わたしの頬を包み込んだ。


「いくらアンタでも、この私の親友に、何も良いところがないなんて言わせないよ」


わたしは思わず黙ってしまった。


「私はね。アンタのそういう自分を過小評価してるところがずっと心配なの。自分一人じゃ抱えきれないものも全部抱えて、その重荷に押し潰されちゃうんじゃないかって。迷惑がかかるかもって思ってるなら、そんな心配する必要ない。だって私達、親友でしょ?」


親友の本音を聞いて、わたしは涙をにじませていた。

今まで我慢して黙っていたのが馬鹿みたいだ。

いまいち世界観がよくわかってないとか、この歳で魔法少女が恥ずかしいとか、そんなことを考えるのはもうやめよう。

全部打ち明ける。

だってクミちゃんは親友なんだから。


わたしは昨日からの出来事を、全てクミちゃんに話した。


「それでね。わたし、魔法少女になって悪霊を退治しなくちゃいけなくなったの」


クミちゃんはにこにこ笑いながら聞いてくれている。

きれいさっぱり話すことで、こんなにも心が清々しくなるなんて思わなかった。

やっぱり話してよかった。


「あ、でも心配しないで! クミちゃんはわたしが──」


クミちゃんは、自分の耳に指を置いた。


「たった今、七海リカが異世界との関与を白状しました」

「守る……から……」

「はい。斎藤陽一の件に関しては不明です。拘束し、尋問すればよろしいかと」


わたしは目をぱちくりさせた。

拘束? 尋問?

クミちゃんは一体何を言っているんだろう。


「……了解しました。これより彼女を拘束しますので、強化骨格の使用を許可願います」

「あ、あの~……クミさん?」


クミちゃんの指が、黒い何かに包まれていく。

それは一瞬にして全身を駆け巡り、まるで黒いスーツのように、クミちゃんの身体を覆った。

わたしなんかよりも、よっぽど仮面ライダーみたいだなぁと、わたしは思った。


「●●で■■な売国奴は、この私が処刑する」


今まで見たことのない冷たい目で、彼女はそう言った。

とりあえず、わたしがクミちゃんについて確信していることが一つだけある。

クミちゃんは、怒ったらとても怖い。

そして今、中学の時に知り合ってから今まで、見たことがないくらいに怒っている。


その時だった。

突然廊下の窓を破壊し、巨大なイカのような物体が飛び出してきた。

昨日の夜、さんざん追いかけまわされた悪霊だ。悪霊は、触手をうねらせながらその場を浮遊している。

わたしが呆けた様子で悪霊を見上げていると、廊下の奥からひょこんと精霊さんが顔を出した。


「なにしてるですか! 早く悪霊を退治してください‼」


そんなことを言われても、もうわたしの頭はオーバーヒート状態だ。

指一つ動かせないでいると、イカの触手がクミちゃんの身体に纏わりついた。


「クミちゃん!」


わたしが咄嗟に助けようと駆け出し、ぴたりと身体が止まった。

クミちゃんは自身の身体に巻き付く触手を掴むと、そのままぐるんとイカの巨体を振り回し、地面に叩きつけたのだ。

床が陥没するほどの威力に、イカがぴくぴくと痙攣している。

クミちゃんは、イカの目と目の間にずぼりと腕を突っ込み、ぶちぶちと音をたてて心臓を引き抜くと、ぶちゅうとそれを握りつぶした。

真っ赤な血が盛大に吹き出し、クミちゃんの顔にべっとりと血が付着する。

クミちゃんはわたしの方を睨みながら、ぺろりと舌で血を舐めとった。


「人外に与する▲▲は、私が★★から引き裂いて殺してやる」


私は脱兎の如く逃げ出した。


いつも見ているテレビなら、モザイク部分を透かそうと一時停止して目を凝らすのに、そんな気が一切湧いてこない。

あのイカの解体シーンだけなら、R18指定が降りてもおかしくないほどだ。


わたしは昨日から、様々な恐怖体験を経験してきた。

アルマジロに殺されかけたり、悪霊の前に放り出されたり。そのどれもが命の危機を感じるものだった。

しかし悪霊とか宇宙人とか、そんなものは大したことないということが、ようやく分かった。


猫姫ちゃんが言っていた。

幽霊やホラー映画の怪物よりも、結局のところ、人間が一番怖いのだと。


とにかく、わたしが言いたいのは一つだけだ。


「放送禁止用語が多いよぉ‼」

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