第3話 斎藤君は魔法少女ですか?



わたしは学校を飛び出し、住宅街を全速力で走っていた。

こう見えても中学は陸上部で短距離走をやっていた。

足の速さには自信がある。

走りながら振り返ると、二人との差はどんどん大きくなっていた。


『……ちっ。面倒くせえな。さっさと終わらせるか』


アルマジロさんはそう言うと、ぐぐぐと身体を蹲らせた。

まるでダンゴムシのように丸くなると、その場で急速回転し始める。

砂煙が空中高く舞い上がり、摩擦熱で道路が赤く染まっていく。

アルマジロさんは、そのまま一気にわたしの方へと転がって来た。軽く自動車を超えるスピードだ。


「ちょっ⁉ それ反則──」


もはや文句を言っている暇もない。

ぶつかる‼

そう思った瞬間、アルマジロさんの横腹に光の弾がぶつかり、ぎりぎりのところで軌道が外れた。

レンガ塀を貫通し、それでも尚止まらないアルマジロさんは、そのままどこかへ行ってしまった。

貫通したレンガ塀には、ヒビ一つ入らない綺麗な円状の穴がぽっかりと空いていた。弧の部分は、熱で真っ赤に変色している。


わたしはしりもちをつき、目尻に涙を溜めながら、光の弾を放った魔法少女の女の子を見上げた。


「まったく。これだから、悪霊に憑りつかれた野蛮な者は困ります」

「た、助かったよおおぉ‼」


宙から降りて来た女の子に、わたしは思わず抱きついた。


「ちょっ! 離れてください! 気持ち悪いです! うわ、鼻水ついたです‼」

「さっきは逃げてごめんなさい! あなた正義の味方ですよね⁉ わたしを守るためにわざわざやって来てくれたんですよね⁉」

「え? 違──」

「本当にありがとうございます! その愛と勇気の魔法で、ちゃちゃっとあのブサイクなエセマジロをやっつけてください!」

「無理です」

「そう無理……無理⁉ なんで⁉」


わたしは思わず、ノリツッコミみたいな返しをしてしまった。

でもそれも仕方ないだろう。

あんなに強気な態度だったのに、まさか勝てない相手だったなんて思えるはずもない。

女の子はすまし顔で、わたしを見つめていた。


「私は精霊です。最低限の魔装はできますが、さっきのように相手を吹き飛ばすくらいが限度です」

「そんなぁ~」


わたしはがくりとうなだれた。

それじゃあわたしは、あのアルマジロさんに殺されるしかないのか。


「お役に立てず申し訳ありませんです」

「……ううん。だいじょうぶだよ。人間なんだから、得手不得手はあるもんね」

「私、精霊です」


そうだった。精霊だった。

でもきっと、精霊にも得手不得手はあるよね。


「さっきは助けてくれてありがとう。もうだいじょうぶだから、あなたは早く隠れた方がいいよ」


わたしの言葉を聞いて、精霊さんはぽかんと口を開けた。


「……いいんですか? あいつ、また来ますよ?」

「だよね。あのまま、どこかにぶつかってやられてくれたら最高なんだけどなぁ」


わたしは大きく身体を横に曲げて、次の襲撃に備えた準備運動を始めた。


「何かあいつを倒すアテがあるです?」

「ないよ。でも死にたくないから、がんばって逃げる。わたし馬鹿だけど、体力にはけっこう自信あるんだ」


精霊さんは、何かを迷っている様子だった。

きっと不安なんだろう。


「だいじょうぶ。あいつ、わたしの方に用があるみたいだから、精霊さんは逃げられるよ。ピンチになったらわたしが囮になってあげるから」


そう言って、わたしは元気づけてあげるために、とびきりの笑顔を見せてあげた。

それを見て、彼女は何かを決心したようにうなずいた。


「一応、あいつを倒す方法が一つだけあります」

「え⁉ 本当⁉ なになに、教えて!」

「あなた、魔法少女になってみますです?」


わたしは目をぱちくりした。


「魔法少女⁉ わたしが⁉ もう17だよ⁉」


わたしの勝手な想像だけど、魔法少女はせいぜい中学生くらいが限度な気がする。

こんなおばさんにでもなれるのかな。


「年齢については分かりませんが、少なくとも斎藤さんはなれたので、たぶん大丈夫です」


その一言で、わたしは色々と妄想してしまった。

まさか斎藤君も……


「言っときますが、斎藤さんは女装なんかしないです。男性は男性用の魔装がありますから」


なんだ、そうなのか。

ほっとしたような、残念なような、ちょっと複雑な気持ちだ。


「とにかく、あなたが魔法少女にならないと、あの悪霊は倒せないです。選択肢はないですよ」

「わ、分かったよぉ。う~、この歳で魔法少女かぁ。なんだか恥ずかしいなぁ」


文化祭で名前も知らないアニメキャラクターのコスプレをさせられた時以来の恥ずかしさだ。

でもあの時は人がたくさんいたのに比べ、今回は観客が精霊さん一人なので、だいぶマシな方だろう。


わたしは魔法少女というものに詳しくないから分からないけど、恥ずかしさ的にだいぶマシだからという理由で変身する子は、そうそういないだろうなと思った。


「それでは、今から契約させていただくです。あなた、お名前は?」

「七海リカです!」

「ではリカさん。目を瞑って、自分が魔法少女になっている姿を想像してください。敵を倒すための武器もお忘れなく」


わたしは言われた通り、目を瞑った。

近くから、精霊さんがよく分からない言葉でぶつぶつと喋っているのが聞こえる。

その時、わたしは衝撃の事実に気付いた。


「精霊さん、たいへん! わたし、魔法少女のアニメって、ちゃんと観たことなかった‼」


テレビのチャンネル独占権は、いつも三つ下の弟に譲っていた。その弊害が、こんなところで出て来るなんて。


「何を想像すればいいかわからない! やばい!」

「落ち着いてください。それならさっきの私の姿を想像すればいいのです」


あ、そっか。

割と単純な解決方法だったな。


「それでは、何かポーズをお願いします」

「え⁉ ポーズ⁉」

「はい。ポーズ自体はなんでも構いません。スポーツ選手が試合直前に特定の動作をするのと同じです。それをすることで、自分が魔装をしたと思い込むことができればいいのです」

「そんなこと言われても、急に思いつかない……」


うーんうーんと頭を悩ませていると、はっと心に浮かんだポーズがあった。

それはいつもチャンネルを独占する弟が観ていた仮面ライダーの変身シーンだ。

特に好きというわけではないが、何度も見ていたので自然と覚えてしまった。


わたしは意を決した。

左手は拳を作って腰に添え、右手を左斜め上にびしりと伸ばす。


「変・身!」


その瞬間、ピンク色の光に身体が包まれたかと思うと、一瞬の内にフリルドレス姿に変身していた。


「すごぉい! コスプレした時は一時間くらい掛かったのに、一瞬で着替えられちゃった!」

「驚きポイントはそこですか……」


精霊さんはふと、わたしの手元に目を落とした。


「あの、それで杖は?」

「杖?」

「杖です、杖! ちゃんと武器も想像してくださいって言いましたよね⁉」

「あー……そういえばそうだった」


仮面ライダーを意識し過ぎて、言われたことを忘れていた。


「どうするんですか⁉ これじゃあ戦え──」


精霊さんの言葉が途中で止まった。

彼女と同じ方を見ると、そこにはアルマジロさんがいた。

アルマジロさんは、アルマジロにしては礼儀正しく、手をあげて挨拶した。


『よお。わざわざ待っててくれたのか。お前ら、良い奴だな。とはいえ、殺すことに変わりはないけどな』


そう言って、アルマジロさんは再び身体を蹲らせた。


『その角度じゃ、さっきみたいな邪魔はできないだろ』


再び球のようになったアルマジロさんの身体が、回転を始める。


「どうするですか。杖は魔法を放つための媒介。それがなければ、直接相手に魔力を叩き込むしかありません」

「直接……?」


わたしはピーンときた。

仮面ライダーで、直接叩くとなれば、やることは決まっている。

伊達にずっと弟とテレビを観ていたわけじゃない。


わたしは大きく息を吐いた。

両手で地面に手をつき、左足を曲げ、右足を少しだけ伸ばす。お尻をあげるような形で、ぴたりとわたしは止まった。


「リカさん……?」


急速回転したアルマジロさんが、一気に転がってきた。


『死ねええええ‼』


わたしはそれを合図に、クラウチングスタートで駆けだした。

身体が軽い。

全盛期を遥かに上回るスピードで、一気に加速する。

速度が最高まで上がった時、わたしは一気に跳躍した。

アルマジロさんとぶつかる瞬間、わたしは渾身の蹴りを繰り出した。


「魔法少女キーック‼」


とりあえず、必殺技を叫んでみる。

回転するアルマジロさんとぶつかった。

その瞬間、雷でも落ちたような轟音と光が辺りを包んだ。

足に感じていた確かな感触が、急に柔らかくなる。見ると、アルマジロさんの身体が粉々に粉砕していた。


「ひえええぇ‼」


思わず叫んでしまった。

以前間違って見てしまったグロ画像よりも凄惨な光景が、わたしの目の前で繰り広げられたのだ。

無垢な乙女なら誰でも叫ぶ。


わたしは地面に着地し、そのままがくりと膝を追った。

何事も一生懸命にやり過ぎてしまうことがあると、いつも注意されてきたわたしだけど、そのことをこれほど後悔したのは生まれて初めてだった。

敵とはいえ、動物を蹴り殺してしまうなんて。もしかしたら絶滅危惧種だったかもしれないのに。


「……なにやってるですか?」

「落ち込んでるの。まさか動物を殺めてしまうなんて……」

「安心してください。あれはただの機械です」

「へ? 機械……?」


わたしは振り返った。

粉々になったアルマジロさんの身体からは、節々にコードのようなものが見受けられ、バチバチと火花を散らしている。


「よ、よかったぁ……」


わたしはほっと胸を撫で下ろした。

SNSで動物のかわいい写真を漁って休日を棒に振るような生活をしているわたしにとって、動物の命は、時に自分の命よりも重要なことだった。


「お疲れ様でした。まさか悪霊にあんな倒し方があったなんて、思いもしませんでした」


褒められちゃった。

今まで何の能力もないお馬鹿なだけの人間だと思っていたけど、まさかわたしにこんな才能があったとは。


「才能の欠片もないのに、無茶の仕方だけは一人前ですね」


どうやら才能はなかったみたい。

ちょっと残念。


精霊さんは、アルマジロさんの死体に杖を翳し始めた。


「あれ? おかしいですね。悪霊の反応がありません」


それを聞いて、ふと思った。

そう言えば、アルマジロさんにあげた口紅はどうなったんだろう。

結局お友達にはなれなかったし、返してもらいたいところだけど、さすがにこんな残骸の中から探す気にはなれない。


「まあいいでしょう。危機を回避できたというだけでも御の字です」

「そうだよね! ホントにありがとう、精霊さん! ところでそろそろこの姿を解除して欲しいんだけど……」

「何言ってるんですか。ダメに決まってます」

「へ?」

「魔法少女になったということは、私との契約に合意したということです。あなたは斎藤さんの代わりに、これから悪霊退治をしてもらうことになります」


……なるほどなぁ。

契約だったのか。でもわたし、そういう話、まったく聞いてないんだけどな。


「ところで、その契約を勝手に破ったらどうなるの?」

「生命の泉から得られる魔力を制御できなくなり、魔装が急激な魔力膨張を起こして爆発します」

「爆発⁉」

「その契約違反者を中心に、半径十キロメートル以内のものが跡形もなく消滅します」

「消滅⁉」

「当然契約違反者は死にます」

「死ぬ⁉」


なんだか厄介なことになってきた。

爆発とか消滅とか死ぬとか、まったく穏やかじゃない。

休日の朝にやってるアニメとは思えない設定だ。


「どうしますか? 契約を破りますか?」


思わずわたしは、「うぅ~」とうめき声をあげてしまった。

悪霊なんて退治したくないけれど、死んだり爆発したりするのはもっと嫌だ。

わたしは泣きそうになりながら、ぶんぶんと首を振った。


「魔法少女として悪霊を退治してくれるのですね。頼もしい限りです。私が全力でサポートしますので、がんばってください。というわけで、早速悪霊の存在を感知しました。すぐに向かいましょう」

「ひえええぇ⁉」


むんずと襟首を掴まれ、わたしは精霊さんに引っ張られながら空を舞った。

どうやらわたしの悪夢は、まだまだ覚めないようだ。


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