第2話 斎藤君って何者ですか?
わたしはお風呂の中で、ぼーっと今日のことを考えていた。
友達やクラスメートのツテをフルに使って、斎藤君の携帯番号と住所をゲットし突撃してみたが、携帯は電源が切られていて家の中ももぬけの殻。
黒服さんが言うように、どうやら斎藤君は本当に行方不明になったようだ。
「しかもテロリスト……」
わたしはおもむろに、高所へ避難させていたスマホを取り、ウィキペディア先生に解説を頼んだ。
テロリズム(英語: terrorism)とは、暗殺、殺害、破壊、監禁や拉致など過酷な手段で、敵対する当事者、さらには無関係な一般市民や建造物などを攻撃し、そこで生じる心理的威圧や恐怖心を通して、政治的目的の達成を図るものである。これらテロリストを行う主体をテロリスト(英: terrorist)といい、個人から集団、あるいは政府や国家などが含まれる
……なるほどなー。
わたしは湯船にもたれかかった。
分かっていたことだけど、なかなかに……いや相当に、テロリストなるものはあくどい存在らしい。
最初聞いた時は、むしろそういう影のあるところがカッコイイなぁ、なんて思っていたけど、こうして冷静に考えるとやっぱりない。
いくらイケメンで将来玉の輿確定でも、犯罪者の妻にはなりたくない。
「……斎藤君。どうして告白を受けてくれたんだろう」
わたしにとって、テロリストとか『いろは歌』の行方とかどうでもよくて、それが目下一番の謎だった。
馬鹿で間抜けなわたしの恋人になって、ほんの十分程度だけど一緒に帰って……。
「……あ」
思い出した。
斎藤君がわたしを送ってくれた時に言ってたことを。
『それでね。学校にこんなもの持ってくるなって、郷田先生にわたしの口紅を取られちゃったの~。お気に入りだったのにぃ』
『郷田先生は、生徒から没収したものはいつも自分の机の一番下の引き出しに入れてるんだ』
『? ふーん。そうなんだ』
『だから、もしも本当に困ったことがあったら、その口紅を取り返すといいよ』
『えぇ~。でも先生の引き出しから盗んだら、もっと怒られちゃうよぉ』
『そうだね。だから、本当に困った時にするんだよ。君が本当に困って、どうすればいいのか分からない時に。たとえば、僕と連絡が取れなくなった時とか』
『あはは。だいじょうぶだよぉ。いくらわたしが馬鹿でも、さすがに口紅くらいで斎藤君の手をわずらわせたりしないから!』
わたしはしばらく呆然として、それからすぐに湯船から飛び出した。
◇◇◇
わたしは初めて、夜の学校というものを目の当たりにした。
暗闇の中で佇む校舎は、いつもよりずっと大きく感じる。
肌寒い風がわたしの身体を横切り、ぶるりと震えた。
……うん。思ってたより十倍怖いな。
でも先生の引き出しから物を盗むなんて、夜中じゃないとできない。
わたしは頬を叩いて自分を奮い立たせ、学校の門を乗り越えた。
そのまま校舎まで歩いていき、玄関口のドアへと手を伸ばし、ふと思う。
「……鍵」
そうなのだ。
校舎に入るには、鍵が必要なのだ。
さすがに窓を割って入るのはヤンキー過ぎるし、かといって鍵がどこに置いてあるのかも分からない。
どうしようかと思いながら、何気なくドアの取っ手を押した。
「あ、開いた」
何の抵抗もなく、するっと開いてしまった。
鍵をかけ忘れたのだろうか。……防犯にうるさいこのご時世、そんなことがあるだろうか。
ふと脳裏に浮かぶのは、ミステリアスに笑う斎藤君の顔だった。
わたしは懐中電灯アプリで辺りを照らしながら歩いた。
校舎を見上げてるだけでも怖かったけど、学校の中はもっと怖い。
特に廊下とかヤバい。光が届かない奥の暗闇を見つめていると、冗談抜きで吸い込まれそうになる。
わたしはとにかくはやく用事を済ませようと、小走りで職員室に向かった。
職員室に到着すると、わたしは素早く郷田先生の机を見つけ、斎藤君の言っていた一番下の引き出しを開けた。
中にはゲーム機やらスマホやら、生徒から取り上げたと思われる色々なものが入っていた。
その一番上に、わたしの口紅はあった。
「あった~!」
その時は、斎藤君に言われたことも忘れて、無事帰って来たお気に入りの口紅を手にして喜んでいた。
「……あれ? これだけ?」
斎藤君が口紅を探して欲しいと言っていたと思ったのは、気のせいだったのだろうか。
わたしは口紅の蓋を開けてみた。
郷田先生に取られた時と同じ、何の変哲もない口紅だ。
『生体反応を確認。脅威レベル0。ゲートを開きます』
わたしは振り向いた。
誰もいない。当然だ。
こんな夜中にわたし以外に人がいるとしたら、警備員さんか泥棒さんか、はたまた地球の事情を何も知らない宇宙人くらいだろう。
そんなことを考えていると、何もないはずの空間に、光り輝く一本の亀裂が入った。
その謎の亀裂は、まるで見えないドアのように、左右に開く。
光でまったく見えないドアの中から出てきたのは、2メートルくらいのアルマジロだった。
二足歩行でずしずし歩くそれは、まるでハリウッド映画に出てくるモンスターだ。
長いかぎ爪。ピンと伸びた耳。つるつるした甲羅は重いのか、少し猫背気味だ。
わたしは開いた口がふさがらなかった。
クマに襲われた時は、背後を見せずにじりじりと後退していくのが一番良いらしいけれど、こんなモンスターに出会った時の対処方法なんて聞いたことがない。
「ハ、ハロー……」
わたしは震える声で、なんとかそう言った。
初対面の人間同士が仲良くなるには挨拶が一番大事。
わたしの大好きなユーチューバー、猫姫ちゃんがライブ配信で人生相談を受けていた時に言っていた言葉だ。
仲良くしたいという意思表示が、挨拶には込められている。その気持ちが伝われば、大抵の人とはうまくいく。
たとえ相手が人間じゃなくても、もしかしたら地球人じゃなくても、きっとうまくいくはずだ。だって猫姫ちゃんが言ってたんだから。
アルマジロさんは、その大きな手で、わたしの口紅を指さした。
『何故お前がそれを持っている?』
アルマジロさんが喋った!
動物が人間の言葉を話すという夢のある体験は、今まで感じていた恐怖を吹き飛ばすくらいの感動をわたしに与えた。
わたしは自分の口紅を見て、慌ててそれをアルマジロさんに渡した。
「あ、あげます! お友達の印です!」
アルマジロさんはじろじろとわたしを見つめながら、口紅を爪で器用に摘まみ上げた。
『……お前、もしかして斎藤の関係者か?』
わたしは目をぱちくりさせた。
まさかアルマジロさんの口から、斎藤君の名前が出ようとは思わなかった。
「わ、わたしはその……ええと、……斎藤君の……恋人、です」
きゃあぁと、わたしは思わず自分の顔を覆ってしまった。
斎藤君がわたしの彼氏なのは事実だけど、やっぱり自分で言うのは恥ずかしい。
アルマジロさんは一瞬だけきょとんとし、それから大声で笑った。
『そりゃ素晴らしい。まさかあいつに、こんなかわいい恋人がいたとはなぁ』
「いえいえそんな。アルマジロさんは、斎藤君とはお友達なんですか?」
『いいや。俺はあいつを殺しに来たんだ』
「……what?」
アルマジロは愉快そうに喋り出した。
『俺はこことは別の銀河からやって来た。お前らの言葉に合わせれば宇宙人ってやつだ』
「はあ……」
わたしは、自分でもどうかと思うくらい、腑抜けた声で言った。
『地球は俺達宇宙人からすれば、非常に重要な拠点だ。本来ならさっさと侵略してやりたいところだが、あいにくと俺達は斎藤に借りがあってな。奴は大量繁殖した宇宙生物から銀河破滅の危機を救った英雄だ。だから今まで地球を本格的に狙うようなことはしなかった。なのに奴は、俺達を裏切って姿を消しやがった』
どこかで聞いた話だなぁと、わたしはしみじみと思った。
『ところでお前』
ずいと顔を近づけるアルマジロさんに、わたしは思わず後ずさりした。
「な、なんでしょう……?」
『お前を殺せば、斎藤の奴は姿を現すのか?』
ひくひくと口角が震えて、うまく笑顔が作れない。
そんなことありませんよーと素直に言えればいいのだが、そんなことを言う度胸も知恵も、わたしは持ち合わせていなかった。
アルマジロさんの大きな腕が、ゆっくりとわたしの方へ伸びてくる。
その時だ。
ズドオン!
そんな凄まじい音がして、アルマジロさんは職員室の机を巻き込みながら吹き飛んだ。
わたしはぽかんと口を開けながら、アルマジロさんとは反対の方へ顔を向けた。
アルマジロさんを吹き飛ばしたのは、小さな女の子だった。
ピンク色のフリルドレスに、水晶が先端についたステッキ。
その姿は、まるでアニメに出て来る魔法少女だ。
「あなたから悪霊の気配を感じます。悪霊はこの私が退治するです」
『あぁ?』
アルマジロさんはゆっくりと起き上がった。
けっこう凄い衝撃だったと思うけど、全然効いてなさそうだ。
「あなた、悪霊に憑りつかれています。悪霊とは生命の泉と対局を為す存在。それに身を委ねていてはやがて命が尽き果てます。本来は魔法戦士である斎藤さんの役目ですが、今は私が代わりに退治するです」
「……斎藤って、あの斎藤君?」
「おや。人間もいるんですか。しかも斎藤さんを知っている。都合が良いです。あなた、斎藤さんとの関係は?」
「ええと……一応恋人ですが」
「それなら話しておく必要がありますね。斎藤さんは悪霊の大暴走によって崩壊しかけた異世界を救った勇者です。しかし突如いなくなってしまったため、こうして悪霊が現実世界へ侵攻しているのです」
へぇ~。そうなんだぁ。
悪霊がねぇ……。
『おい。いきなり俺を悪霊だとか抜かしやがって、意味分かんねえぞ』
「そっちこそ、偽物の身体で私に話しかけるとか、意味が分かりません。常識がなってないです」
アルマジロさんの顔つきが変わった。
『いいぜ。そっちがその気なら、まずはてめえを八つ裂きにしてやるよ』
「構いませんが、私けっこう強いですよ?」
二人はお互いに睨み合った。
両者ともに、戦いには自信があるみたいだ。
『おい斎藤の恋人。てめえはそこでちょっと待ってろ。動いたら殺す』
「斎藤さんの恋人さん。申し訳ありませんが、ちょっと待っていてください」
二人は、揃ってわたしのほうを見た。
こっそりと、職員室から抜け出そうとしているわたしを。
「あははは」
わたしは愛想笑いを残し、脱兎の如く逃げ出した。
『こら待てええ‼』
「待つですぅ‼」
「ひえええぇ‼」
走りながら、まるで走馬燈のように、今日聞かされた話がフラッシュバックする。
『民間人でありながらファイル1229事件を解決し、人類の危機を救ったことをきっかけに、諜報員として雇うことになったのです』
『奴は大量繁殖した宇宙生物から銀河破滅の危機を救った英雄だ』
『斎藤さんは悪霊の大暴走によって崩壊しかけた異世界を救った勇者です』
正直、テロリストがどうとかいう話は、まだ聞くことができた。
よく分からなかったし、それがどういうことか想像しろと言われてもなかなかできないが、少なくともウィキペディア先生に解説を頼もうと思うくらいには理解しようとしていた。
でも他の二つは、もはや考えようという気すら起きない。
わたしは後ろを振り向いた。
二メートルもあるアルマジロさんが、壁を爪で切り裂きながら走って来る。
魔法少女姿の女の子が、宙を飛びながら追って来る。
わたしが恋した斎藤君は、イケメンで、文武両道で、ミステリアスな笑みを携える大人びた男の子。
そんな斎藤君は、実は諜報員で、銀河英雄で、しかも魔法戦士だった。
とりあえずわたしは、自分の頭の中を駆け巡る一つの疑問を吐き出すことにした。
斎藤君って……斎藤君って……。
「何者なのぉ~~~⁉」
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