第28話「俺に任せておけ」

 遼太郎は茜の実家の前に立っていた。


 茜が「自分のせいかも」と言った後、遼太郎はどういうことかと聞くと、茜は事情を説明した。


 茜は一人暮らしを始めた今でも、時々実家に帰っている。実家には高校のころ、茜が使っていたパソコンが置いてあり、今は弟と共用で使っている。弟は高校生で、自分の影響からか、文芸部に入って小説を書いている。


 今年の春頃、弟から「小説が上手く書けない」と相談を受けた。しっかりと見てやりたかったが、自分も多忙だったので、自分の小説と遼太郎から送ってもらった小説をそのパソコンに入れて「これを読んで勉強してみて」と言った。


「先輩のさっきの話を聞いて『もしかして』と思ったんです」玄関のドアを開けながら、茜はそう言った。「弟がノベステに投稿しているかどうかは知らないのですが」階段を上がって2階へと進む。廊下の右側にふたつ扉があった。その奥の扉を茜がコンコンとノックする。


 部屋の中から「はーい」という声が聞こえてきて、ドアが開いた。「あ、姉ちゃん。帰ってきてたの?」まだ少し幼さの残る顔の少年が、ひょこっと顔を出した。「圭、今ちょっと良い?」と言う茜と、その後ろに立っている遼太郎の顔を見て、圭と呼ばれた少年の顔はみるみる青くなっていった。


 圭の部屋に入り茜が事情を説明すると、彼はあっけないほど簡単に遼太郎の小説を盗作したことを認めた。


「いけないことだとは分かっていたんです」


 涙ぐみながら、圭はそう言った。「いけないことと分かっていたのなら、どうしてそんなことをしたの!」と詰め寄る茜の肩に遼太郎が手を置く。できるだけ落ち着いた声で「理由があるのか?」と尋ねてみた。


 圭は「高校に入学して、文芸部に入って……好きな子ができたんです。その子に認めて欲しくって」と泣きじゃくりながら言った。


「認めて欲しいだけなら、そっと見せるだけでよかったんじゃないの」

「……うん。始めは、遼太郎さんの小説をちょっとだけいじって、それを見せて自己満足してただけだったんだ。でも『ノベステに投稿したら?』って言われて、後に引けなくなっちゃって」

「自分の実力じゃないことで、認められても意味ないじゃない」

「本当にそうだよね……。それも分かってたんだけど……。始めは、なんとかバレないように、遼太郎さんの小説とは違うものにしようって、自分で書き換えてみたりしてたんだ。でも、それを見せたら『なんか、面白くなくなってるような』って言われちゃって……。だんだん、変える箇所を減らしていって」


 遼太郎は圭の言葉を腕組みをして黙って聞いていた。自分の小説を盗作されたことは、正直言って腹立たしいことだと思う。しかし、10歳以上年下の少年に対して、怒鳴る気持ちにもなれない。だが、自分の小説を、他人のものだと言われるのにも抵抗はある。困り果てていた。


「遼太郎さんの小説が面白すぎて……。本当にごめんなさい!」


「面白……面白……」隣で何度もつぶやく遼太郎の顔を、茜はそっと見た。弟の何気ない言葉が遼太郎に刺さっているのを感じて、はぁ、とため息をつく。こうなったら、遼太郎はきっとこう言うに違いないと思っていると、その通りの言葉が遼太郎の口から発せれれる。


「分かった。俺に任せておけ」



   * * *



 その日の夜。夏帆はお風呂に入って自分の部屋に戻ると、タオルで髪の毛を乾かしながらノートパソコンを開いた。ノベステのサイトにアクセスし、自分の小説のチェックよりも先に遼太郎のアカウントのページを開く。


 「近況日誌」と書かれた読者との交流ページに、今日の日付で「更新」という文字が載っているのが見えた。慌てて、そこをクリックする。


 そこには「盗作疑惑について」と題して、次のようなことが書かれていた。


 「最近、ネットで話題になっている盗作疑惑の件ですが、問題になっている”黒騎士”さんは私の知り合いであり、私が『使って良い』と渡していた小説を原作として、彼が独自にアレンジした小説を投稿していました。


 そのことを私がすっかり忘れていて、自分の小説としても投稿していたため、このような騒動になってしまいました。


 ”黒騎士”さん自身に、盗作という意図は全くなく、私の勘違いによるものであり、私の責任です。


 以降、私の小説は取り下げ、”黒騎士”さんの小説を『原作:西浦遼太郎 作者:黒騎士』として、続けて掲載していくこととなりました。


 繰り返しになりますが、彼は私の小説を元に、独自に書いた小説を投稿していただけであり、彼に一切の責任はありません。私の不徳とするところであります。


 皆様にはご心配とご迷惑をおかけしたこと、深くお詫びします。」


 遼太郎の家から帰宅して以来、どうなっているのか何度も聞こうとしていた。スマホを取り出してはLIMEを開いて「でも、急かすのもね」と閉じる。そんなことを繰り返して、いるうちに夜になってしまった。


 いくつかのパターンは予想してみてはいたものの、パソコンの画面に表示されている文章は全くの予想外のものだった。「なんで、遼太郎が謝ってるの!?」思わず独り言を言いながら、遼太郎に電話をかける。


 長いコール音の後「なんだ?」とぶっきらぼうな声が聞こえてきた。


「なんだ、じゃないでしょ! あれ、何よ?」

「お前なぁ……。いつも言っているけど、あれとかこれとかじゃ、分からないだろ」

「うるさい! あれって言ったら、あれでしょ! ノベステ!!」

「あぁ、あれな」

「どういうこと? 説明して」

「どういうことも、こういうことも、書いた通りだ」

「せ・つ・め・い・し・て!!」

「……はい」


 夏帆の気迫に押されて、遼太郎は渋々と説明を始めた。


 盗作自体は確かに良くない行為だが、相手はまだ15歳だし、悪気はあったとしてもそこまで責める気にはなれない。何より、かつての後輩の弟だし、本人も深く反省しているのだから、ここは大事になる前に収集をつける必要があった。


「つまり『遼太郎さんの小説が面白すぎて』って言われて、つい『任せとけ』ってなっちゃったってことね」夏帆は呆れながら、そうまとめた。

「違う! 決して、面白いって言われて浮かれてしまったわけじゃない!」

「はいはい」

「お前なぁ、本当に分かっているのか?」

「分かってるってば! ……それにしても、遼太郎は後輩に優しいんだね。……もしかして、その後輩が女の子だから?」

「ちがっ……違う!」


 否定しながら、茜との別れ際のことを思い出す。茜の実家を出て、何度も茜に頭を下げられて「もう良いよ」と何度も言って、ふたりでバス停まで歩いていた。何を言って良いのか分からずに黙っていると、ふいに「先輩」と茜が口を開いた。


「なんだ?」

「さっき先輩が言ってた『小説のデータを見せたのは、お前ともうひとり』って。その人って、どんな人なんですか?」

「どんなって……」

「だって、高校のときから先輩って、自分の小説を見せることはあっても、人にデータで渡すってことはしなかったじゃないですか?」

「……そうだったか」

「はい。だから……ちょっと……気になって」

「むぅ。それは……」

「もしかして、女の人ですか?」

「!?」

「あ、そうなんだ。バイト先の人?」

「……いや、ある高校の文芸部のヤツなんだが」

「えっ! 女子高生!?」

「あ、あぁ」

「……先輩」

「む、なんだ?」

「それ、犯罪ですよ」


 茜の言葉の意味が分からず、しばらくポカーンとした後、ようやく理解して「違う! そういうんじゃないから!」と必死で否定した。茜は面白そうに笑っていたが、少し寂しそうな顔をしていた。その表情が、今でもはっきりと思い出せる。


「なにボケっとしてるのよ?」


 夏帆の言葉に現実に引き戻されて、慌てて「いや、別に」とごまかした。夏帆は「ふーん?」と意味ありげに言った後「それでどうするの?」と聞いてきた。「どうするの」とは、きっとノベステ大賞のことだろう。


 自分の小説を取り下げると決めたときから、今後のことを考えていた。多少、勢いで決めたことではあったが、自分で言った以上、引き返すことはできない。かと言って、ノベステ大賞を諦めるつもりもない。腹はくくったのだ。


「新しい小説を書く」


 そう口にするが、スピーカーからは夏帆の返事は聞こえてこない。きっと「何考えてるの!」だとか「あと1ヶ月ちょっとしかないのに、無理に決まってるでしょ!?」とか、そういう罵倒が返ってくると覚悟していただけに、遼太郎は少し気が抜けた。


 もしかして通話が切れてるんじゃないかと、スマホの画面を確認したが、通話時間の表示はカウントを続けている。どうしたら良いのか分からなくなって黙って待っていたが、あまりにも間が悪く感じられて、思わず「あの……夏帆さん?」と言ってしまう。


 スピーカーから、小さな笑い声が聞こえてきて「夏帆”さん”って何よ」と、必死で笑いを堪えながら夏帆の声が聞こえてきた。何がおかしかったのか分からないで困っていると「ごめんごめん」と声と、咳払いが聞こえてきた。


「分かった。私もできる限り手伝うから、頑張ろうね!」


 夏帆と出会ってから、彼女が何を言うのか、どういう反応をするのか、だいたい予想ができるようになっていた。しかし、初めて予想外の反応をされて、遼太郎は激しく戸惑った。どうして良いのか分からず、思わず椅子から立ち上がったり、また座ったりを繰り返していた。


「お、おう」とだけ答えると、夏帆は「じゃ、明日から行くから」と言った。


「ちょ、明日からって、お前――」


 既に電話は切られていて、通話終了の画面がスマホに表示されていた。ゆっくりと椅子に腰掛けながら「この辺は、いつも通りなのにな」とつぶやいた。

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