第25話「分かっている。でも」
「一体どうなってるのよ……」
夏帆はひとり部室でノートパソコンを抱えるように見つめていた。その眉間にはシワが寄っていて、画面を険しい顔で見ている。いつもはグラウンドに響く部活の声も既に聞こえてこない時間帯。部室には時折マウスをクリックする「カチッ」という音だけが響いていた。
「夏帆、まだ帰らないの?」
ドアが開いて嗣人が部室へと入ってきた。その後ろには、遠慮気味に佳奈も顔をのぞかせていた。夏帆はふたりの方を振り向くと、険しい顔のまま「ちょっと、これ見てよ」とノートパソコンを回転させる。
嗣人が近づいてきて、椅子に座ってそれを見る。肩の辺りから佳奈も覗き込むようにかがみ込んだ。画面には『盗作疑惑』の文字が大きめのフォントで表示されていた。以前、夏合宿で見た「遼太郎の盗作疑惑」を追求しているサイトだ。
『もはや言い逃れはできない! 盗作決定!』
『ちょっとここまでエグいことするとなぁ』
『つーか、コピペしている箇所もあるじゃんww』
『これ、本人どう思ってるのよ?』
『今のところ、何にも言ってない。無視してる』
『良い根性してるな。ある意味そのメンタル、尊敬できるわ』
そのような書き込みに加えて、遼太郎の小説と、盗作されていると言われている小説の類似点を比較する画像も掲載されていた。それは確かに「似ている」というよりは「完全に一致している」箇所も多く、書き込まれている指摘は正しいように思われた。
「確かにこれは……」嗣人が若干言葉を詰まらせながらそう言うと、夏帆は「嗣人まで何言っているのよ! 遼太郎が盗作するわけないじゃない!」とテーブルを叩いた。
「そりゃ、僕もそう思うけど……」嗣人が困ったような顔をする。
「でも盗作って言ってますけど、遼太郎さんの小説の方が早く投稿してるんじゃないですか?」佳奈がフォローするように言う。それを聞いた夏帆は、少しだけ泣きそうな顔になって「それがね」とつぶやいた。
嗣人がマウスを操作すると、遼太郎の小説ともう一方の小説の投稿日時を比較した画像が画面に表示された。「盗作されている」とされている小説の方には、作者の名前”黒騎士”と書かれている。
それを見ると、全ての話で”黒騎士”の方が早く投稿されているとなっていた。しかし、10話辺りまでは多少のズレであったのに対し、それ以降は徐々に時間差がついてきていた。しかも最新話に至っては、”黒騎士”のみが投稿を済ませており、遼太郎の小説は未投稿となっている。
「これ、最新話の話まで似ていたら、本当に……」夏帆に睨まれているのを見て、多少言葉を濁しながらも、嗣人は言う。「ねぇ、夏帆。遼太郎さんに、ちゃんと聞いたほうが良いんじゃない?」
「そうしたいんだけど、全然連絡取れないのよ、あいつ」
「電話してみたの?」
「電話どころか、メールもしたし、LIMEも送ったけど、既読すら付かないし」
夏帆は余程悔しいのか、手を大きく掲げてもう一度テーブルを叩こうとしたが「はぁ」と小さく息を吐くと、力なくそれをゆっくりと下ろした。「なんで連絡すらしてこないのよ……」
それを見た嗣人はポケットからスマホを取り出した。
「僕が連絡してみるよ」
「だから、連絡しても出ないんだってば」
「やってみないと分からないだろ? ここであーだこーだ言っているよりは良いと思うけど」
「でも……」
嗣人がスマホの画面をタッチし、遼太郎へ電話をかける。微かにコール音が聞こえてくるのを、息を殺すようにして待った。数秒ほどで「あ、遼太郎さん?」と嗣人が問う。
「えっ!? 出たの?」夏帆が驚いた顔で尋ねると、嗣人は黙ったままうなずいた。
「遼太郎さん、ちょっと聞きたいことが――。ええ、そうです。その話です。なんかやや炎上気味になっているというか……ええ、はい。でも……」
パソコンの画面を見ながらやり取りをしていた嗣人をじっと見てた夏帆だったが、徐々にイライラしているオーラが全身から発せられていた。嗣人もそれに気づいてはいたが、遼太郎との会話に集中するため、敢えて無視するようにしている。それを見ていた佳奈は、ハラハラした表情になっていた。
「あっ!」突然夏帆が嗣人の手からスマホを取り上げた。「ちょっと貸して!」順序が逆だろう、と嗣人は言いたげだったが、既に夏帆はスマホに向かって吠え始めていた。「ちょっと、あんた何で私からの電話には出ないのに、嗣人のにはすぐに出るのよ!? え? そんなの知らないわよ! っていうか、今どこにいるの? 家? あっそ、わかった」
そう言うと、一方的に電話を切った。スマホを嗣人に返して、今度は自分のスマホをスカートのポケットから取り出す。画面を操作して、それを耳に当てた。
「あ、柚葉さん。お忙しいところごめんなさい。あはは、そうなんですか? ええ、また来週いつもの場所で」
さっきまでのテンションと一転変わって、笑いながら会話をする夏帆に、嗣人はポカーンとした顔になる。
「あ、えっと。今日はちょっと聞きたいことあって」ノートパソコンを自分の方へ引き寄せて、ウェブブラウザを立ち上げた。
「遼太郎の家って、どこなんですか?」
* * *
「一体何なんだ!?」
さっきから連打されているインターホンに、遼太郎はぼやきながら玄関へと急ぐ。「そんなに何度も押さなくても分かる!」ドアの鍵を捻った途端に、ドアが勢いよく開いた。呆気に取られている遼太郎の目の前に、夏帆が仁王立ちしている。
「おまっ……どうしてここが……」
「柚葉さんに聞いたから。そんなのはどうでもいいのよ」
「どうでも良いって」
「ちょっと上がらせてもらうから」
「いや、ちょっとま――」
「おじゃましまーす」
遼太郎の静止も虚しく、夏帆は靴を脱ぐとそれを揃えながらキョロキョロと辺りを見回した。
「遼太郎の部屋どこ?」
「二階の手前の――」
「じゃ、先行っているから。あ、私麦茶ね」
そう言うと、トントンと階段を登っていってしまう。ひとり玄関に取り残された遼太郎は、しばらく唖然とした表情のまま立ち尽くしていたが、やがてブツブツ言いながらもキッチンへと向かった。
トレーにふたつのコップを乗せて部屋に行くと、夏帆が本棚を物色している姿が目に入ってきた。壁一面に設置された本棚には、様々な本が収納されている。「意外とキレイにしているじゃない」感心したように言う夏帆に「そりゃ、ゆず…‥…いや、まぁ当たり前だ」と少し胸を張りながら答えた。
「ふーん」少し疑いの目を向けつつも「ま、いいや」と部屋の中央に置かれている小さなテーブルの脇に座る。そしてその対面を指さして「そこに座れ」と合図した。遼太郎は何か言いたげな顔をしていたが、コップをテーブルに並べると黙ったままそれに従う。
「で、どういうことなの?」
「どういうことって、何が」
「何がじゃないわよ。知っているんでしょ? 盗作疑惑のこと!」
「あぁ、それか」
「どうして反論しないのよ!? なんで言われっ放しになってるのよ」
「どうしてって言われてもな」
「だって、私6月くらいに遼太郎の小説読ませてもらったじゃない。合宿のときだって、みんな最後まで読んでるじゃない。遼太郎の方が早く書いているってこと、みんな知ってるんだよ」
「だけど、投稿しているのはあっちの方が先だしな」
「だったら、もう全部投稿しちゃえば良いじゃない。そうすれば疑惑は晴れるでしょ?」
「投稿は毎週月曜日に、と決めてる」
「そんなの関係ないじゃない。先に投稿して、身の潔白を証明するとかしないと、このままじゃ……」
遼太郎は返答に困った。夏帆の言っていることは正しい。盗作されているとされている作者”黒騎士”は、明らかに遼太郎の投稿ペースを意識している。投稿当初は似たようなペースで投稿していたものの、ネット上で盗作疑惑が広まっていくに従って、その間隔は徐々に開いていっている。
その理由は明らかで「自分は盗作されている方だ」と主張しているのだろう。それならば夏帆の言う通り、自分の方が先に投稿してしまえば良い。別に全話じゃなくても良いだろう。ほんの数話だけでも先に投稿してしまえば、それで疑惑が晴れることはなくても、議論を「どっちが盗作しているのだ?」というものに変えることくらいはできる。
しかし……。
「ノベステの方からは何か言われてないの?」
突然夏帆からそう言われて、遼太郎はハッと我に返った。「来てる」と短く答える。
「なんて言われているの?」
「どこの誰か知らんが、削除要請が来ているらしい。真偽を聞いてきてた」
「それなら、余計に早くなんとかしないといけないじゃない」
分かっている。それは正論だし、遼太郎もそうすべきだと思っている。ただ、引っかかっていることがある。モヤモヤしたそれが、遼太郎の行動を縛っていた。
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