第20話「俺が盗作するわけないだろ!」
浩介と柚葉は、全員に「なんか変なことになっちゃってごめんなさい」と素直に謝った。夏帆は「いえいえ。逆に、なんか素敵だなぁって思っちゃいましたし」と答え、嗣人も佳奈もそれに賛同した。ひとり遼太郎だけが「この未熟者め」とブツブツ言っていたが、夏帆に「遼太郎に言われなくないわよねぇ」と指摘されると、少し悔しそうな顔をして「ま、まぁ……解決したのなら、問題ない」と勝手に結論付けていた。
次の日から5日間続いた合宿で、浩介は言った通り積極的に参加することにした。実際やってみて、浩介は自身の高校生の頃のことを思い出していた。ネット上ながら、お互いに作品を読み合い、意見を交わして、成長していることを感じられた日々。それが、今目の前にあることに気づいた。
同時にノベステ大賞に向けて、新しい小説を書こうと決意した。他のメンバーも着々と準備を進めていて、嗣人や佳奈も書き上げていた小説の投稿を始めていた。夏帆と遼太郎は、いつの間にか新しい小説を投稿していたらしく、今も目の前でノートパソコンの画面を眺めながら「ほら、私の方が後から投稿始めたのに、もう週間順位では遼太郎に追いついちゃってるじゃない」「ぐぬぬ……」などとやりあっていた。
「ふん、所詮は大衆迎合した小説と、自分を貫いた孤高の小説の違いであって、分かるヤツに分かればいいのだ」
「遼太郎、昨日晩『書籍化したい。デビューしたい』って寝言で言ってたよ」
「……えっ!?」
「あぁ、私も聞きました。結構しつこ……ごめんなさい、何度も言ってましたよね」佳奈がうんうんとうなずく。
「でしょ? ほら、本心はそういうことなんじゃない。売れたいんなら、孤高の小説だけじゃ駄目でしょ?」
「むぅ……。しかしな、ノベステの評価はあくまでもノベステの評価なのだ」
遼太郎はそう言って、ウェブブラウザを立ち上げた。検索欄に自分の名前を入れてエンターキーを押す。
「エゴサーチってやつだ。知ってるか?」自信満々に言う遼太郎に「エゴサは危険ですよ。心が折れちゃいますから」と嗣人が心配そうな顔をした。
「大丈夫だって。そもそもノベステで有名になってないのに、検索したって出て来るわけないじゃない」と夏帆がノートパソコンの画面をグイッと動かす。
そこには検索結果が表示されていた。上位にはノベステに投稿された作品が掲載されている。「もうちょっと下のほうにきっと……」と遼太郎がトラックパッドを指で撫でた。検索結果の1ページ目の一番下に、それまでとは少し違うサイトが表示されていた。
「ほら! ほら見ろ。ノベステ外でも、ちゃんと話題になってるじゃないか!」遼太郎が画面をガシッと掴み、夏帆の目の前に押し出す。夏帆は胡散臭そうにそれを見ていたが「あれ? でもこれって」と言うと、トラックパッドに指を載せて、そのサイトへのリンクをクリックした。
「どうだ!? 賞賛の嵐だろう?」と尋ねる遼太郎に、夏帆は答えない。目がせわしなく動き、表示された文章を必死で追っているようだった。やがて顔をあげると、泣きそうな表情で遼太郎の顔をじっと見つめた。遼太郎は「なんだ一体?」と訝しげに言って、画面を再び自分の方へ向けると、表示されている文章を読んだ。
そこはネット上の匿名掲示板で、いくつかのスレッドが並んでいた。その中のひとつを夏帆が指差した。そこには「盗作疑惑? 西浦遼太郎スレ Part1」と書かれていた。遼太郎は一瞬あっけにとられた表情をしていたが、画面に顔を近づけるとじっとそれを眺め「なんだこれ?」とそれをクリックした。
そこには「ノベステ大賞に応募している西浦遼太郎は、盗作小説を堂々と掲載している」と書かれていた。始めはふてぶてしい顔で見ていた遼太郎だったが、徐々にその表情が変わってきた。目を大きく見開いて、トラックパッドを操作する指が震えてきている。
冒頭に遼太郎の投稿している小説と、別にノベステに投稿されていたもうひとつの小説へリンクが張られていた。その下には、盗作とされている箇所の抜粋が書かれていて、確かに似たような文章が並んで表示されていた。投稿日時も併記されていて、いずれの場合も、遼太郎の小説の方が1日から数日ほど後になっているのも分かった。更に下の方にいくと、たくさんのコメントが並んでいた。
『言うほど盗作か? ざっと見た感じだと、それほど似ていると思えないが』
『冒頭は確かにそれほどじゃないけど、3話目見てみ。驚くぞ』
『おいおい、これは……』
『どっちがどっちを盗作してんの?』
『>1を見ろ。西浦っていうのが、明らかに盗作魔』
『気づかれないって思ったのか……』
『似てると言えばそうだけど、この手の作品はどれも似てるもんじゃないのか』
『本人乙。似てるとか、そういうレベルじゃない。真黒』
「遼太郎……」パソコンを抱え込むようにして見ていた遼太郎の顔を、心配そうに夏帆が見た。遼太郎はそのページに書かれた文章を忙しくなく目で追っていたが、しばらくすると「バカバカしい!」と吐き捨てるように言うと、部屋を出て行ってしまった。
先程まで賑やかだった部屋が静まり返ってしまい、夏帆はなんとかしないと、と思った。しかし、そもそも状況の整理がついていない。「ちょっと僕にも見せて」と嗣人がノートパソコンを操作し始めた。
誰も彼も気まずさを解消しようと、何か言わなければと思っていたが、言葉が出てこなかった。嗣人がキーボードやトラックパッドを叩く音だけが、静かな部屋に響いていた。やがて「どうやら騒いでいるのは一部の人だけみたいだね」と嗣人が画面から顔を上げて言う。
「色々なキーワードで調べてみたけど、盗作云々について書いてあるのは、さっきのサイトだけだったみたい」嗣人が画面をみんなに見せながら、スクロールさせてみる。
「でも、気になるのは、この真偽なんだけど――」
「本当のことなわけないじゃない!」柚葉がテーブルをバンと叩き叫んだ。
「あれは、見栄っ張りで強情でどうしようもないヤツだけど、盗作なんてことだけは絶対にしない!」浩介が興奮している柚葉の肩にそっと手を置く。夏帆は柚葉の目に、僅かに涙が浮かんでいることに気がついた。「ごめんね、嗣人君。大きな声出しちゃって」柚葉は涙を拭いながら、がっくりと肩を落とした。
「柚葉さんの言うとおりです」うなだれている柚葉に、夏帆も同調した。
「私、もう数カ月前に、遼太郎の投稿している小説を見せてもらってましたから」
「えっ、そうなんですか!?」佳奈が驚いた表情を見せた。
「うん。この合宿のことを話す時に、呼び出したことがあったじゃない? その1ヶ月ほど前から、時々遼太郎の小説を読ませてもらってたの。さっきネットに載ってた掲載日よりもっと前。だから、遼太郎の書いた方が早いって言うのは、間違いない」
「夏帆先輩が、そう言うのなら確かですね。でも、それだと……」
佳奈の言葉に、再び部屋が静まり返る。浩介が「お義兄さんを探してくるよ」と立ち上がった。それに柚葉が小さくうなずきながら「お願い」と答える。
「ま、偶然の一致、と言うには似すぎている気はするけど、今のところ断片的なことしか書かれてないし、しばらくは様子見するしかないかも」嗣人の意見に、夏帆たちが賛同する。しばらくして浩介に連れられて帰ってきた遼太郎も、その意見には賛成した。
「ふん! 元々俺はそれほど気にしていない」と言ったのは、皆に心配をかけたくないという遼太郎の配慮なのだろうか、と夏帆は思ったが、その後に「優れた小説というものは、模倣を生みやすいものなのだ」とか言っているのを聞いて、やはり勘違いかもと訂正した。しかし、遼太郎の言葉のおかげで、部屋の空気が少しだけ明るくなったことには、素直に感謝した。
その後「明日は合宿最終日だし、今日は早めに寝よう」という浩介の提案で、いつもより少し早い時間に床についた。常夜灯だけが部屋を薄暗く照らしている中、夏帆はなかなか寝付けないでいた。夏帆にはどうしても気になることがあった。それを確認したかったのだが「この話は一旦おしまい」ということになっている以上、聞くことができないでいた。
何度も寝返りを打ちながら格闘し、夢と現実を行ったり来たりしている内に夜が明ける。こうして、夏合宿は終了した。
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