第19話「君たち何してんの?」

 柚葉、夏帆、佳奈、嗣人が思い思いに話を進めていく中、散々自分の発言がかき消されていくことに我慢がならなくなった遼太郎が、思わず叫ぶ。夏帆が呆れながらも「はいはい。何?」と聞いた。


「お前ら、本当にちゃんと読んだのか? 主人公はな――」

「人工人格を持ったAIって設定、でしょ?」柚葉が再び会話を遮るように突っ込むのを聞いて、遼太郎は「ぐぬぬ」とうなっていたが「そ、そうだ。分かっているじゃないか」と咳払いしながら言う。

「だけど、ラストシーンで『結局、主人公は生きた人間でした』っていうことになっているじゃない」今度は夏帆が突っ込みを入れる。

「うむ。そこがどんでん返しになっているわけで――」

「だったら、やっぱり主人公の心情は、間接的にでも書かれていないとおかしいじゃない?」

「そうそう、柚葉さんの言う通り。それにその説明だと、さっき嗣人が指摘していた『キャラクターがストーリー重視で動いている』っていう説明の答えにはなってないよ」


 柚葉と夏帆に畳み掛けられて、遼太郎は口をパクパクさせつつも、反論できない様子だった。嗣人と佳奈が「まぁまぁ」と間を取り成すと、多少落ち着いたようだったが、それでも「おのれ……この似た者疑似姉妹め……」と恨み節をつぶやいていた。


「わー、姉妹だって! 夏帆ちゃん」

「あはは、似た者って言われちゃいましたね」

「えへへ。私、妹欲しかったから、嬉しいな」

「私もですよ、柚葉お姉ちゃん!」

「ってことは、遼太郎がお兄ちゃんになるけど、夏帆ちゃん良いの?」

「あー……。それは……ちょっと」

「だよねぇ。まぁ、アレは血の繋がってない兄的なポジションってことで」

「義母の長兄、みたいな? 私たちは王家の正当後継者である姉妹……」

「王位を狙う妾の息子の策略によって、王室を追放されてしまう」

「王国と自分たちの正当な権利を取り戻すため、元王女姉妹は立ち上がるのだった!」

「いいですねぇ」

「いいよねぇ」


「いい歳して、何が『王女』だ」ふたりの妄想に呆れ返った遼太郎が、思わずボソッとつぶやくと、すかさず夏帆がキッと睨みをきかせる。「どちらかと言うと、虐げられているのは、俺の方だと思うのだが……」


 数時間ほどそんなやり取りがあった後「お茶でも淹れましょう」という佳奈の提案で、一旦休憩となった。柚葉は少し離れた場所で寝転びながら本を読んでいる浩介と志穂の元へとやって来た。「浩介、交代しよ」そう言うと、浩介はその姿勢のまま「んー、俺はいいよ。志穂に本を読んでやってる最中だし」と答える。


「私が代わるから」

「志穂はお父さんと本を読みたいよなぁ?」

「お母さんでもいいでしょ、志穂?」


 ふたりがそう言い合っているのを見て、志穂は少し困った顔をする。「俺のことは気にしないで、柚葉がやりたいようにやればいいよ」と言う浩介の言葉を聞いて、柚葉は「もういい」と言って立ち上がった。そのまま部屋を出て行く。


 それを見た志穂が泣きそうにな顔になっているのをに気づいて「あぁ、ごめんごめん。大丈夫だからな」と慌てて浩介がなだめた。「あの……」夏帆が近づいてきて志穂の頭をそっと撫でてやる。志穂は少し顔を上げて、両手でこぼれそうになっていた涙を拭うと「なつほおねーちゃん」と、その胸に飛び込んでいった。


「志穂ちゃんは私が見てますから……。えっと、ちょっと差し出がましいかもしれませんけど、行ってあげた方がいいんじゃないかな、と」夏帆は、柚葉が出て行った先へ視線を移した。




「何よ、浩介のバカ、アホ」


 思わず部屋を飛び出した柚葉は、少し後悔していた。折角、みんなで楽しくやっていたのに、自分のせいで変な空気にしてしまったかもしれない。でも……。


 自分のとった行動は反省しつつも、納得がいっていないのも事実だった。それが何なのかは分かっているが、どうしていいのかがさっぱり分からない。宿を飛び出すと、そのまま浜辺と向かった。既にピークは過ぎていたが、相変わらず日差しは強い。


 目を細めながら歩いていると、遠く背後から「おーい」と言う声が聞こえてきた。すぐに浩介の声だと気づいたが、無視して歩き続けた。砂を踏むザッザッという音が徐々に大きくなって「ちょっと待てよ」と肩を掴まれる。振り返ると、浩介が息を切らしながら「どうしたんだよ……」と困った顔をしていた。


「どうしたじゃないわよ」半分だけ身体をひねり、そう答えた。「どうして、そんなに消極的なのよ」そう言うと、浩介は驚いたような顔をしていた。


「みんなに小説を読んでもらって、意見を交換できる。こんなチャンスそうそうないじゃない! なのに、なんで昨日から『俺はいい』とかばっかり言っているの?」

「いや、それは……」

「浩介の夢は小説家になることじゃないの!? それとも、こんなの無駄だって思ってるの?」

「そんなこと……。そんなことないよ」

「だったら、どうして?」

「それは……」浩介はそう言うと黙り込んでしまった。柚葉は更に言葉を重ねようとしたが、グッと我慢して浩介を待つ。

「それは……。昨日から柚葉が頑張っているのを見てて『もしかして、俺が柚葉に無理をさせているんじゃないか』って思ったから」

「無理……?」

「柚葉って、元々小説を書くのも読むのもそんなに好きじゃないだろ? なのに、こんなに頑張っているのは、俺が小説を書きたいって言ったから……それが柚葉を縛っているんじゃないかって。他にやりたいことがあるのに、俺に合わせてくれて――」

「そんなわけないじゃない!」


 柚葉がそう叫ぶ。「そんなわけ……ないよ……」柚葉は浩介に背中を向けると、うつむいてしまった。


「私、浩介が自分のことを差し置いて、家族のために頑張ってくれてることに、本当に感謝してたんだよ。志穂が生まれて、私が働けなくなった時、浩介が仕事を掛け持ちで頑張ってくれたことは、今でもちゃんと覚えてる」

「それは……当然だろ? こんなんでも一応大黒柱……的な存在だし」

「うん。でも、ずっと『浩介は家族のために頑張ってくれているけど、自分がしたいことって何だろう?』って思ってたの。私は、ほら、こんなんだから、あれこれ好きなことやっているんだけど、浩介は仕事ばっかりだったじゃない」

「俺は、それでもいいんだよ」

「でも、それはやっぱりおかしいよ。さっき浩介が『私を縛っている』って言ってたけど、私も『浩介を縛っている』って思ってたんだよ」

「そんなこと……ないよ。俺にとっては、柚葉や志穂が幸せでいてくれることが大切だし、それを縛られているなんてこと考えたことないよ」

「でも、浩介。前に『小説家になりたい』って言ってくれたじゃない」

「それは、昔の夢であって……」

「今はどうでもいいの?」


 その言葉に浩介はハッとした表情になった。再び振り返ると、浩介は「よくない」と絞り出すように言った。「よくないよ……でも」すっかり力が抜けてしまったのか、そのまま砂浜にしゃがみ込むと、膝を抱えるように座った。柚葉もそっと、寄り添うように隣に座る。


「ねぇ、浩介」

「……うん?」

「確かに、私。これまで小説を読むことってあんまりなかったし、書くことなんて一度もなかった。でも、実際やってみて『結構面白いな』って思ったんだ。だから、今私が一生懸命やっているのは、浩介のためだけじゃないんだよ」

「本当に?」

「本当だって。ま、少しはそういう部分もあるかもだけど、でも日に日に『自分が面白いからやっている』って感じになっているのはホントのこと。だから、私のこと気にしてくれるのは嬉しいだけど、浩介もやりたいようにすればいいよ」


 浩介はそれには即答せず、じっと海を眺めていた。気がつくと既に日が暮れかかっていて、風が少しだけ冷たく感じられる。ノースリーブのワンピースを着ていた柚葉が「寒っ」と震えた。それを見た浩介が着ていたパーカーを脱ぎ、そっと柚葉の肩にかける。柚葉は「なんだか、昔みたいだね」と照れた。


 浩介は困った顔で首をかきながら「ありがとう」と小さな声で言う。「え? 聞こえないよ?」と柚葉がいたずらっぽく聞き返すと「ありがと!」と、ややヤケになりながらも言い直した。


「俺、頑張ってみるよ」


 浩介の言葉に柚葉が笑ってうなずいた。「寒いし帰ろう」と柚葉の手を取って立ち上がる。そのまま砂浜を宿へと歩いていった。視線の先にある防波堤の端に、何か動いているのが見えた。


「ちょっと、押さないでよ。遼太郎」

「俺じゃないって。嗣人、お前だろ」

「僕じゃないですよ……」

「あ、ごめんなさい。私です。だって、よく見えないから」

「ほら、遼太郎が邪魔なんでしょ? 後ろにさがってなさい」

「おとーさんと、おかーさん、いた?」


「君たち何してんの?」


 浩介と柚葉が堤防の上から覗き込むと、下で押し合いへし合いしていた5人が一斉に顔を上げる。「あー……」と夏帆が気まずそうに苦笑いした。「おかーさんとおとーさんがどっかいっちゃったから」と志穂が少しムッとした表情で抗議の姿勢を表していた。

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