第14話「それってつまり」

「まったく! なんなのよ、あいつ!!」


 夏帆は帰り道にひとりで毒づいていた。遼太郎に言われた言葉が頭の中を駆け巡っている。


『人の心も読めないやつが、小説を書けるわけもないだろう。お前は、もう少しその辺りを勉強した方がいい』


 遼太郎はそう言い残すと、とっとと帰ってしまった。言いたいことだけ言って逃げられたわけで、夏帆は怒りの矛先はどこにも向けることができず、なかなか収まらない。それでも、電車にしらばらく揺られているうちに、徐々に落ち着きも取り戻しつつあって、ようやく気持ちの整理が付き始めていた。


 少し冷静になって考えると、遼太郎の言っていることに、なぜ自分がこんなに腹が立っているのか、その理由が分かってきた。夏帆自身、自分のことをそこまで横柄な人間だと思ってはいなかったが、かと言って、他人の気持ちを汲み取ることを軽視していたのも事実だった。


「他人の気持ちなんて、どうしたって分からない。だから、あまり考え込みすぎるのは無駄」とさえ思っていた。それ自体は、今でも間違っていないと思っているが、確かに嗣人や佳奈の気持ちをもっと考えてみる必要はあったのかもしれないと思っていた。夏帆にとって、ふたりはあまりにも身近な人間すぎて、逆に気にかけることを怠っていた。


 つまり「まったくもって、遼太郎の言っていることが正しい」ということに、夏帆は気づき、腹を立てていたのだった。そして、なんて自分勝手な考え方なんだろうと反省した。


 最寄り駅に着くと、夏帆は家に帰る前に嗣人の家へ立ち寄った。1本前の電車で帰っていたようで、嗣人はすでに帰宅していた。夏帆は先程のことを謝ろうかと思っていた。だが、いざ面と向かってみると、何をどう謝ればいいのか分からなくなってしまった。


 よく考えてみれば、遼太郎の指摘自体は理解したものの、肝心の中身、つまり「嗣人がどうして帰ってしまい、佳奈もなぜそれを追いかけるように帰ってしまったのか」という部分については、何も分かっていないことに気づく。


「さっきは……その……」とまごまごしていると、嗣人は「ごめんね。急に帰っちゃって」と頭をかいた。


「嗣人が謝ることなんて、ないじゃない」

「うん……。でも、ほら、なんか俺感じ悪かったよね?」

「それは、私が悪かったから……」

「夏帆が悪いわけないじゃない」


 そこで会話が止まってしまう。なんて言えばいいのだろう。そこまで深く考えなしに、ここへ来てしまったことを、今更ながらに後悔した。我ながらもう少し考えて行動しろよ、と自分に突っ込む。しかし、言うべき言葉は見つからない。


 どのくらい経っただろうか。「じゃぁ、今日のことはお互い様ってことにしておこうよ」嗣人が言った。思わず顔を上げて嗣人を見る。少しぎこちなさそうではあるけれど、嗣人は笑っていた。夏帆はどこかホッと救われた気分になった。


「それと、遼太郎……さん、だっけ? 合宿に参加する件は、もちろんOKだと思うよ。どうせ、部費から出ないんでしょ?」

「うん、多分。一応顧問の松原先生に聞いてみるけど、今年に入って、色々買っちゃってるから無理だと思う」

「だったら、たくさん人がいた方が旅費的にもいいんじゃない?」

「だよね。あ、遼太郎の妹さんにね、最近小説の書き方を教えてあげたりしているんだ。柚葉さんって言うんだけど、誘ってもいいかな?」

「うん。その辺は夏帆に任せるよ。俺は場所を決めとくから、人数決まったら教えてね」


 嗣人の優しさに感謝しつつ、夏帆は家に帰った。自分の部屋に行くとスマホを取り出した。佳奈にも連絡しておこうと思った。


 先ほどの反省も踏まえて、どう話をするのか事前に考えてみた。改めて考えてみたが、ふたりの行動の理由は分からない。何か気に触ることがあったのだろうか? 自分の行動がふたりを不快にさせたのだろうか? しかし、先程の嗣人はそういう素振りは見せなかった。


 やっぱりよく分からない。分からないことは考えても分からない。とりあえず電話してみよう。


 夏帆は佳奈に電話した。先程のことにサラッと触れると、佳奈も「急に帰ってしまってごめんなさい」と謝ってきた。夏帆は「私の方こそ、呼び出してごめんね」と言うと、その話はそれでおしまいになった。夏合宿のことを言うと「私も賛成です。たくさんの方が楽しそうですし」と賛同してくれた。


「じゃ、また明日部室でね」と電話を切ると、夏帆は「はぁぁ」とため息をついた。今日のことは一応何とかなった。多少のしこりは残したかもしれないが、今後のことは今後考えていくしかないし、今考えても仕方がないと思った。


 机に向かい、ノートパソコンを起動してみる。ノベステのページをチェックしてみた。自分の投稿している小説を見てみた。以前、ノベステ大賞で佳作を獲った作品は、その直後こそ読者が殺到し、評価やレビューが付いていたが、最近はすっかり落ち着いてしまっていた。


 新しく投稿し始めた作品も、同様に途中までは反応が良かったものの、ここ数話はあまり芳しくない。夏帆としては、話の中間地点であり盛り上がりに欠ける展開になっていることが原因だと思っていて、この後の話を読んでもらえれば十分挽回できると思っていた。


 それでも、他の投稿者の作品を見ていると、多少の焦りは出てくる。次のノベステ大賞の募集はまだ開始されていなかったが、ノベステ大賞だけが投稿ではない。特に夏帆のように編集者が付いている場合には、普段からの評判が今後を左右することだってある。とは言え、焦ってもしょうがない。


「もう数話だけ待ってね」とつぶやくと、ブラウザを閉じた。デスクトップに表示されているフォルダのアイコンをクリックして、昨日途中まで書いていた小説ファイルを開いた。文章を斜め読みし、いざキーボードに手を置いてみたが、こちらも手が進まない。なんとか2,3行ほど書いてみて、やはり駄目だと消す。書いては消してを繰り返している内に、ドンドン訳が分からなくなってくる。ぼーっとした頭で点滅するカーソルを眺めていた。


 しょうがないか、と思った時、スマホから突然着信音が響いた。少し気が抜けていたので、少しだけ飛び上がり机の角で足を打った。声にならない悲鳴を上げつつ、なんとかスマホを確認すると、ディスプレイには「小畑さん」と表示されていた。


 既に夜と言っていい時間帯だったが、書籍の編集部というのは、こんな時間でもまだまだコアタイムだと小畑は以前言っていた。恨めしそうに画面を見つつ、受話ボタンを押す。


「はい、もしもし」

「あ、夏帆ちゃん。今いい?」

「ちょっと待って下さいね……ててっ……。はい、どうぞ」打った足をさすりながら、ベッドへ移動し腰掛けた。

「どうしたの?」

「いえいえ、何でもないです。で、なんですか?」

「あー、えっとねぇ……」小畑はどこか歯切れの悪い口調だ。夏帆はなんとなく嫌な予感がして、黙って待っていた。

「えーっと、ちょっとね。編集部の方が忙しくなってきてね。一旦、夏帆ちゃんの担当を外れることになったんだ」

「えっ……?」

「まぁ、今投稿してくれている小説は、ちゃんとチェックするからね。でも、アドバイスをしたり、具体的にプロットを一緒に考えたりっていうのは、ちょっと……ね」

「それってつまり――」

「あぁ、別に『もういいよ』って話じゃないんだよ? ちょっと忙しくなるから、しばらく離れるってこと。夏にはノベステ大賞の応募も始まるから、ぜひそちらも応募して欲しいと思ってるから」


 電話を切って、夏帆はベッドにうつ伏せた。普段はあまりはっきりものを言わない小畑が、珍しく「担当を外れる」と名言していた。担当が付いたからと言って、今後の書籍化などの保証がされているわけではないことは、始めから聞いていた。あくまでも、頑張らないといけないのは自分だということも分かっていた。


 それでも、実際にそう言われてみると、まるで「戦力外通知」を受けてしまったようで、流石の夏帆でも落ち込んだ。しばらくそのまま、枕に顔を埋めていると、階下から母親が「夏帆ー、ごはんー」と呼ぶ声が聞こえた。いつもだったら「よっし」と飛び起きて行くところだが、今はそんな気にもなれなかった。




     * * *



 翌日の放課後、部室に集まった嗣人と佳奈と、夏合宿の話をした。「結局何人になりそう?」と聞いてくる嗣人に「ごめん、もうちょっとだけ待って」と答えるのが精一杯だった。元気のなさそうな夏帆をみて、嗣人は「昨日のこと、まだ引きずっているの?」と聞いた。


 こういう時に、気を使って遠巻きに見られるより、素直に聞いてくれる幼馴染の存在に感謝しつつも、夏帆は「ううん。そうじゃないの。ちょっと身体が重くって。風邪かな?」と自嘲気味に答えた。当然、嗣人はそれが嘘だと気づいたようだったが「そっか」と言うだけで、それ以上追求しなかった。


「合宿の話に戻るんですけど」佳奈が少し無理した感じで、明るく言った。「ほら、夏帆さんの担当者さん……ええっと、小畑さんでしたっけ? 来られないですか?」


 それを聞いた夏帆の顔が、少しだけ曇る。しかし、これ以上ふたりに心配をかけないように、なんとか平静を装った。少しだけ間を置いて「うーん。ちょっと難しいかも」と答える。


「そうですかぁ」と残念そうな佳奈に、一瞬迷ったが「ごめんね。小畑さん、なんか忙しくなっちゃったらしくって。私の担当、外れちゃったんだ」と言った。佳奈は「あっ」と小さく声を上げると「ごめんなさい!」と謝った。


「いやいや、佳奈ちゃんが悪いわけじゃないから」

「だって……」


 嗣人と佳奈に「そもそも担当が付いてたって言っても、それがデビューの確約ってわけでもないしね。要は私の力不足だったってことだから気にしないで」と説明した。夏帆は極力、明るく振る舞ったつもりだったが、なんとなく部室が暗い雰囲気に包まれていくのを感じた。

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