第13話「それ本気で言っているのか?」

「おま……夏帆、この前の更新は一体何だ? 今時あんなご都合主義的な展開が、あっていいわけないだろ?」

「ちょっと、開口一番、言うことがそれ? 何か私に言うべきことが他にあるんじゃないの?」

「むぅ……その、ありがとう」

「何が?」

「何がって……。あれだ……妹の世話をしてくれて」

「本当に感謝してるの?」

「してる、してる。してるに決っている」

「まぁいいわ。私も柚葉さんと一緒にいるの、楽しいし」

「……そうか!? まぁ、我が愚妹ながら、あれはなかなかしっかりしているところもあるからな」

「遼太郎より、ずっとしっかりしてるし、それに遼太郎よりも一緒にいて楽しいもんね」

「……むっ。そのわりには、毎回毎回、書店に行く度に『待ってろ』って言うじゃないか」

「そ、それはっ! ほら、あんたの小説を見てあげようかと思って……」

「人の小説を心配する前に、自分のを気にしたらどうだ? さっきも言ったけど、あんな展開が――」

「ほら、これ。明日投稿するやつ。これ読めば、あの展開の意味が分かるから」


 夏帆はそう言いながら、タブレットを操作して遼太郎へと突き出す。ブツブツ言いながらも、それに目を通す遼太郎。しばらくすると、夢中で読んでいるらしく、無言になってしまった。


「そ、そうきたか。面白いじゃないか。まぁ、俺ほどじゃないが。流石は俺の弟子だけあるな」

「だれが、あんたの弟子なのよ!」


 読み終えた遼太郎に、思わず夏帆は突っ込む。「俺の弟子」は最近の遼太郎の口癖になっていた。弟子入りした覚えもないし、お願いした覚えもない。いつの間にかそういうことになってしまっていた。


 夏帆と遼太郎が、アルバイト先の書店で初めて会って以来、遼太郎は毎週のように週末に書店を訪れるようになっていた。本人曰く「前からの習慣だ」とのことだが、少なくとも夏帆はそれ以前に、遼太郎を見かけたことはなかった。


 そして会う度に「ちょっとバイト終わるまで待ってなさい」と呼び止めては、いつものコーヒーショップへと連れ出して、遼太郎の進行具合を確認することと、自分の未投稿の小説を読ませて感想を聞くことが習慣になりつつあった。


「そう言えば、遼太郎。夏休みは暇なの?」またブツブツ言いながら、小説を冒頭から読み返している遼太郎に、夏帆は聞いた。

「あ、毎日が夏休みか!」

「ちょっと待て。そもそも俺はニートじゃない」

「フリーターなんでしょ?」

「自由人と言って欲しいな」

「それをフリーターって言うのよ」


 夏帆に断言され、何か言い返そうと口を開けたり閉じたりしていたが、やがて諦めたように「それで、夏休みがどうしたって?」と話題を変えた。

「夏休み。正確には8月になりそうなんだけど、暇?」

「8月って言っても、31日もあるじゃないか。俺は色々忙しいんだから、ちゃんと日にちを指定してくれないと、答えようがない」そう言いながら、わざとらしくスマホを取り出して、何か操作している。


「あ、スマホに換えたんだ」

「俺は別に前ので良かったんだがな……。なんか0円キャンペーンというのがあって」

「遼太郎って、そういうの、ほんと疎いよね」

「余計なお世話だ」

「でもまぁ、良かったじゃない? 現代へようこそ」

「む。馬鹿にしているな」

「分かった?」

「俺だってスマホくらい、簡単に使いこなせる」

「本当に使いこなせているの」

「そりゃもう、バリバリだ」

「ちょっと見せて!」

 

 夏帆がそれをヒョイッと取り上げると「あぁっ!」と大慌てで、取り返そうと手を伸ばした。しかし、夏帆はスッと腕を捻ってそれをかわすと、画面を見てみた。スケジュールアプリが立ち上がっているが、そこには案の定、何も記載されていなかった。


「ほら、何にも予定入ってないじゃない……っていうか、これ8月じゃなくって、今月の予定表? 先月は……。うわぁ、これは……」

「返して下さい」そう言って手を差し出してくる。そこにスマホを載せながら「なんか、ごめんね」と夏帆は謝った。

「謝るなよ! なんか、余計に虚しいだろ!?」

「だって、まさか本当に予定が0だなんて思ってなかったから」

「0じゃない! 俺くらいになるとな。予定は全て頭の中に入っているのだ」

「バイトだけでしょ?」

「仕・事・だ! 当然、仕事の予定も、全てここにインプットされている」そう言って、わざとらしく自分の頭を指差す。「一体、いつの時代のジェスチャーよ」と夏帆は呆れながらも少し笑う。

「知ってる。だって、遼太郎のバイトって、毎回9時から16時まで。月、水、木、金って決まってるんでしょ?」

「……なぜ、それをっ!?」

「柚葉さんから聞いたから」

「あの口軽女め……」

「他にも色々教えてもらったよ。高校の時に、クラスメイトに告白された話とか――」

「……それ、ほんとにダメなやつ。ごめんなさい。勘弁してください」


 ガクッとうなだれながら、両手を合わせて夏帆に拝み倒す遼太郎を見て、もう一度笑う。「そろそろだと思うんだけどなぁ」と店内を見回すと、店員の「いらっしゃいませー」という声が聞こえてきた。店の入口を見て「あ、来た来た。こっちこっちー」と手を振った。


 夏帆の視線の先には、嗣人と佳奈が立っていた。佳奈が夏帆に気づいたらしく、小さく手を振り返してきた。


「ごめんなさい。遅くなっちゃいました」席に着きながら、佳奈が言う。

「そんなことないよ。時間ぴったりだし」夏帆がそう言うのを聞きながら、佳奈は不思議そうに遼太郎を見つめた。

「あぁ、こちら西浦遼太郎。嗣人は前に会ったことがあるよね?」

「あっ、ノベステの授賞式の時の……?」

「そうそう。あの時の無礼なヤツ」

「無礼とは何だ。思ったことを言っただけじゃないか」

「知り合い……なの?」そう尋ねる嗣人と佳奈に、夏帆はこれまでの経緯を説明した。


「――というわけで、今は私が遼太郎の小説の指導をしてあげてるってわけ」

「誰が、お前に見てもらってるって?」

「事実じゃない?」

「そりゃそうだが……。しかし、お前の小説だって見てやっているから、お互い様だろう?」

「私のは、文芸部で嗣人や佳奈ちゃんにも見てもらってるし、それにノベステ編集部の小畑さんにも見てもらってるから」

「遼太郎さんは、ノベステには投稿してないんですか?」悔しそうな顔をしている遼太郎に、佳奈が尋ねた。遼太郎は軽くうなずくと「ノベステはもう駄目だ。あんなところに投稿するのは時間の無駄だ」と答えた。佳奈の機転を利かせた質問に、多少気分が良くなったようだ。

「遼太郎はね、今公募に出すために小説を書いているんだよ」

「公募……ですか?」

「お前、勝手にバラすなよ」遼太郎が抗議の声を上げる。

「うん。ノベステみたいにネットに投稿じゃなくって、編集部の賞に直接応募するのが公募。うーん……違いは、公募は下読みがあることと、受賞しない限り発表されないってことくらいかな?」

「へぇぇ。そういうのもあるんですね」

「うん。佳奈ちゃんも検討してみたら?」

「佳奈さん……と言ったか。公募はいいぞ。ぜひ応募すべきだ」

「あ、はい。考えて……みます」

「ま、作品がよくなかったら、遼太郎みたいに、どっちに出しても一緒だけどね」

「なつ……、お前な。今度の作品は『面白い』って褒めてたじゃないか!」

「あはは。まぁ前に比べれば……ね」


 そんなやり取りをしていると、佳奈が嗣人の方をチラチラと見ていることに気がついた。どうしたのかな、と思って嗣人を見ると、下を向いて所在なげにストローの袋をいじっていた。そして、それを見ている佳奈の表情もどこか浮かない様子だ。


「嗣人?」と夏帆が声をかけようとした。しかし嗣人は「ごめん。そういや、今日用事があったんだ。帰るね」と立ち上がった。慌てて「この前言ってた、夏合宿。遼太郎も参加していい?」と聞く。嗣人は一瞬固まっていたが「うん。文芸部だけだと、人も少ないしね。いいんじゃない?」と笑顔で答えた。


「あ、それじゃ、私もそろそろ」と佳奈も嗣人の後を追って席を立つ。「わざわざ呼び出してごめんね」と言って、夏帆はふたりを見送った。席に戻ってくると、遼太郎が両腕を組んで、ブスっとした表情になっていた。


「どしたの? 佳奈ちゃんが帰っちゃって寂しいの?」と茶化してみた。遼太郎は腕組みをしたまま、ふぅっとため息をつくと「お前、鈍感すぎだろ」と言った。


「鈍感? なにが?」

「なんで、あのふたりが早々に帰ったのか分かるのか?」

「それは嗣人が言ってたじゃない。用事があったからでしょ? もしくは、遼太郎の態度が気に食わなかったか」

「お前なぁ……。それ本気で言ってるのか?」

「どういう意味よ」


 その言葉を聞いて遼太郎はカバンを肩に掛け席を立った。夏帆は思わず「もう帰るの?」と聞く。それに黙ってうなずいた遼太郎だったが、机の上の伝票を手に取ると夏帆にこう言った。


「人の心も読めないやつが、小説を書けるわけもないだろう。お前は、もう少しその辺りを勉強した方がいい」 

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