第4話「どう思っているんですか?」
「しかし、蒸し暑いよねぇ」
「そう言えば今朝の天気予報で、梅雨入り間近だっていってましたよ」
「僕、ちょっとジュース買ってくる」
「あっ! 嗣人、私のも」
「はいはい。佳奈ちゃんは何がいい?」
「あ、いえ。私は……」
「いいんだって、嗣人のおごりなんだから、遠慮しないで」
「なんで僕のおごりになってるんだ?」
「あ、じゃぁコーヒーで」
「……はいはい。分かったよ」
嗣人がやれやれといった感じで部室から出ていくと、夏帆と佳奈は顔を見合わせて笑った。
「名護先輩って良い人ですよね」
「まぁ、嗣人はそれが取り柄だからねぇ」
「上坂先輩って、やっぱり名護先輩と仲いいですよね。なんだか夫婦みたい」
「またその話? 佳奈ちゃん、恋バナ好きだねぇ」
「あはは。でも、普通女子ならそうじゃないですか?」
佳奈の問いに「うーん、そうかなぁ」と答える夏帆。言われてみれば、クラスメイトとの会話もそういう話が多い気がする。あんまり意識したことなかったけど、そういうものなのかな?
夏帆がそう言うと佳奈は「そういうものですよ」と笑った。ふたりがしばらく恋バナ談義を交わしていると「夏帆はさ、恋愛要素が少なすぎるんだよ」とジュースの缶を抱えて帰ってきた嗣人が言う。
「夏帆の小説って、異世界ものや青春ものを書いてるけど、恋愛要素って少ないよね」
「そんなこと……あるかも」
「でも、この前読ませてもらった新作。あれには少しだけ恋愛的な話がありましたよ」
「そうだっけ?」夏帆と嗣人が同時に疑問を呈する。佳奈はそれを見て、苦笑いしながら「ええっと」とノートパソコンを操作した。
「ありました。ほら、ここです。主人公がヒロインに見つめられて、ちょっと赤くなるシーンがあるじゃないですか」
「あぁ、そこね」
「でもこれ。それ以降、なんの進展もないよね」
「そうなんですよねぇ。夏帆先輩、この後どうなるんですか?」
「……どう、と言われても……ねぇ?」
「僕に聞かないでよ」
佳奈は「考えてないんだ」と少し落ち込んだ様子。夏帆は髪の毛をクルクルと人差し指に絡めながら「ちゃんとするから……ちゃんと」と取り繕った。それを聞いた佳奈は「期待してますからね」と、クスクスと笑う。
「でも、夏帆先輩の小説って、本当に面白いですよね」
「本当に? そう言ってくれると嬉しいけど」
「はい! それに1作目と2作目で違うジャンルの小説を書かれてますし、それも凄いなぁって思うんです」
「まぁ、そこは私が飽きっぽいという部分もあるんだけどね」
「どうやったら、現代ものと異世界ものを書き分けられるんですか?」
「うーん……。あんまり意識はしてないんだけど、書きたいものを書いているってだけで」
「へぇぇ。じゃ、才能があるってことですよね」
「いやいや、それは佳奈ちゃん言い過ぎだって」
「夏帆先輩が本格的に小説を書き始めたのって、高校に入ってからですか?」
「中学校の時も、時々は書いてたけどね。でも、あの時は陸上部に入ってて、練習もあったから、ちゃんと完成させたのは高校からかな」
「じゃぁ、ノベステ受賞作と、今書いているので2作目ですか?」
「最後まで書いたのだったら、そうなるの……かな?」
「うわぁ、凄いです。処女作で賞を獲っちゃうなんて。私なんて、中学校の時から書いてて、もう10作くらい書いているのに、さっぱりなんですよ」
佳奈はそう言うと、自分のノートパソコンの画面を見て、ふぅっとため息をつく。
「佳奈ちゃんの小説も面白いから、きっと来年は受賞できるよ。まだまだ若いんだし」
「夏帆先輩と1つしか変わらないんですけどね」
そう言って、ふたりは笑った。夏帆は、自分のノートパソコンを操作して「そういや、続きの話、できたんだけど見てくれる?」と佳奈の前にそれを置いた。佳奈はしばらく画面を目で追っていたが、読み終えると「やっぱり面白いです……。続きが気になって仕方がありません」とつぶやいた。
「読んでると、思わず『こんな青春してみたい!』って思っちゃいます。流石はノベステ大賞受賞作家という感じです」
「佳作、だけどね」と夏帆は苦笑いする。
「佳作でも凄いですよ。キャラクターも魅力的な人が多いですし、やっぱり文芸部部長は伊達じゃないって思います」
「部長は止めて……恥ずかしいから」
「あ、そうでした。ごめんなさい。でも、本当にそう思っているんですよ。ねぇ、名護先輩?」
佳奈の同意を求める声に、嗣人は反応しない。夏帆が隣を見ると、嗣人はいつの間にかノートを広げて、なにやら書いているようだった。「小説の構想でも練ってるのかな?」と思い、覗いてみたが、それはただの落書きで文字ではなかった。
「……嗣人?」夏帆の問いかけに、ハッとした表情になる嗣人。「あぁ、ごめん。考え事してた」と謝る。「小説のこと?」と聞く夏帆に「まぁ、そんなとこ」とあいまいな返事をする。
「名護先輩は、夏帆先輩の小説ってどう思ってるんですか?」
佳奈の問いかけに、嗣人は再び黙り込んでしまう。ペン先をノートにコツンコツンと当てて、考えているようだった。「夏帆の小説……ねぇ」と、ノートに増えていく点々の模様をじっと見つめた。
「夏帆は才能あると思うよ」
「ちょっと、嗣人まで! 変におだて過ぎないでよ」
「でも、事実だよ。中学生の時――あの時の小説は結局完成しなかったけど、でも初めて夏帆の書いた小説をみて、僕はとっても驚いたんだ。『初めてで、こんな小説を書けるやつがいるんだ』ってね」
「へぇぇ。夏帆先輩、その小説ってまだあるんですか?」
「うーん、もう消しちゃったかも。2年以上前だし、あの時はお父さんのノートパソコンを使わせてもらって書いてたしね」
「えぇ!? 見たかったなぁ」
「えっとね。確かこんな話だったと――」
「ああー!! もう私の話はいいから!」
嗣人と佳奈は、立ち上がった夏帆の顔を見上げた。「私の話ばっかりじゃなくって、みんなの話をしよ?」夏帆の提案に、嗣人は「そう言われてもな」と言い、佳奈は「私の話……ですか」と戸惑っている。
「ほら、嗣人も今度のノベステ大賞に応募するんでしょ? 何か書き始めてるの?」
「いや、プロットはいくつか練ってみたんだけど、どれもピンとしなくって」
「佳奈ちゃんも応募する?」
「私は……どうしようかな? まだ考えてないんですけど」
「じゃ、今書いているの見せてよ。みんなで意見出し合ってみようよ」
3人は、自分たちの小説や、プロット、原案などをそれぞれのノートパソコンに表示させて、お互いに評価し合った。
「ここ、地の文が長すぎない?」
「うーん、やっぱりそうかな? でも、ここで説明しておかないと、後に繋がらないんだよね」
「だったら、さり気なく会話の中で登場人物に語らせてみたらどうですか?」
「うん、そうなんだけど……。でも、さり気なくって難しいよね」
「んー……。じゃぁ、次のシーンで出て来る新しいキャラクターがいるじゃない? その子に『主人公さんって昔は◯◯だったんですか?』って聞かせてみるとか」
「なんだか、さっきの私みたいですね」
「あはは。だよね。でも良い案かも。ちょっと書き直してみるよ」
「うん。佳奈ちゃんの方は?」
「私は、どうしてもストーリーが平坦になっちゃうっていうか、ご都合主義になっちゃうんですよね」
「ふんふん。具体的にはどの辺?」
「まだプロットしかないんですけど、この中盤あたりとか。淡々と話が進んでいる気がするんですよね」
「あー、なるほどね。これ異世界ものだよね」
「はい、そうなんです。よくある話なんですけど、初めて書くので書きやすい方がいいかなって」
「うん、それは別にいいと思うんだけど……。そっか、主人公がレベルカンストで、強すぎるんだね」
「はい。魔法も剣も強すぎて、どんなに強いモンスターが出てきても、負けないんですよね。でも、負けるようにしちゃうと、レベル上限っていう設定がおかしくなっちゃうし……」
「だったら、一度レベル1まで戻しちゃうとか」
「ええっ!?」
「何かの呪いでもいいし、後に繋がる伏線でもいいから、一度レベル1にしちゃって、魔法も使えなくなったり、剣もまともに振るえなくしちゃうの」
「でも、それじゃ、その後が困ると思うんですけど」
「何か戦い以外のイベントを作って、それをクリアしたら戻るようにしておけば良いんじゃない? うーん、例えば力を失って落ち込んでいる主人公を、ヒロインが助けて戦うシーンを入れて、そこで主人公が何かに気づいて力を取り戻す……とか。ちょっとベタだけどね」
「うわぁ、それいいですね! ベタっていうか、王道っぽいですけど、個人的には燃えます!」
その後、見回りにきた教師にこってり叱られるまで、3人は部室で語り合った。
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