第10話桃からの頼まれごと

現在、桃と向日葵がシャワー中に、おれは自室にかばんを放り投げ、キッチンで昼食を作ろうとしている。

 全然思い通りにいかなかったが、とりあえず桃を台所に近づけないようにすることができたのだから、この隙にさっさとご飯を作ってしまおうというわけだ。

 勿論、作ろうとしているのは、さっき言ったようにラーメンだ。チャーシューとモヤシ、ウインナーにかまぼこ、それと煮卵をトッピングしたものだ。本来煮卵は、半熟のゆで卵を調味料に二日か三日くらい浸けておいたほうが美味いけど、今はそんな時間は無いから時短版で。

 そろそろ鍋のお湯が沸騰してきたので、今まさに卵を投入しようとしたその時、リビングの扉がスーっと静かに開いた音がした。なので手を止めて音のした方を見た。

 そこにはバスタオル一枚だけを体にグルグル巻いた、風呂上りの桃の姿があった。

 小学生中学年の頃まではおれと桃と向日葵で、三人一緒に風呂に入るというのが当たり前だった。その時の幼い桃の姿と比べて圧倒的に成長している部分がある。それはタオル程度では到底隠し切れず、油断すると今にもポロリしてしまいそうなほどの豊満なおっぱいだ。

 おお……、ここ数年桃のこんな姿は見てなかったが、まさかこれ程まで大きく成長していたとは。着やせするタイプだったのか、気づかなかったぜ。

 しかし、まあアレだな。今日まで兄妹同然に育ってきたせいか、同級生である桃の半裸を見ても、過度に喜ぶということは全然無くて『へえ、ふーん』と、とくに動揺することもなかった。だって兄弟姉妹いる奴なら分かると思うが、三次元で自分の兄弟姉妹に欲情するような気持ち悪い奴はいないだろ? まあ二次元で見るぶんには実妹エンドだろうが義妹エンドだろうがなんでもこいの大好物だが。

「……ねえあいちゃん」

 桃は頬をほんのり赤く染めて、恥ずかしそうにタオルの下のほうを両手で押さえて、もじもじしながら声を掛けてくる。

「なんだよ、そんな格好でどうしたんだ?」

 一応訊いてみたものの、何を言おうとしているのかは察しがついていた。

「その~、あのね~、実は着替えを持ってくるのを忘れちゃって……あはは」

 あ~あ、やっぱりか、おれに着替えを持って来いって言うんだろうな~。

「つまり?」

「うん、それでね~、わたしの部屋から部屋着持ってきて欲しいな~なんて……あいちゃんにお願いできないかな~?」

 やっぱりだ。

「えー、どうしようかなー? 正直面倒くさいんだけど」

 着替えを取りに自宅に一旦帰らず、風呂場へ直行した時点でなんとなくこうなりそうな予感はしていたし、家も隣同士ですぐに行き来できるのでたいした手間でもないし、頼みを聞くのは別にいい。しかし、つい悪戯心に火が点いてしまって、どんな反応をするかと思い、試しに断わってみた。

 すると、若干涙目になった桃が嘆願してくる。

「え~、そんな意地悪なこと言わないでよ~。お願いだから~。まさかあいちゃん……こんなバスタオル一枚のわたしを外に出して放置プレイしようなんて言わないよね~?」

「おにいちゃん!」

 桃で遊んでいると、今度はバスタオル姿の向日葵が勢いよくリビングに入ってきた。

 な、なんだ? もしかして桃のために怒ってるのか?

「ほうちプレイとは、さすがおにいちゃんだよ。そんなへんたいてきなことさせようなんて、おにいちゃんはほんとうにへんたいさんだよ! すごいよ!」

 あ、違った……。ていうか、おれは今褒められながらディスられているのか? あと向日葵よ、ちょっと楽しそうな顔をするんじゃない。

「アホか! 今のはおれじゃなくて桃が勝手に言っただけだ。というか、お前絶対おれと桃の会話聞いてただろ! 部屋に入ってくるタイミングバッチリだったし。そんな鬼畜なこと言ってないのは分かってんだろ。面白がってテキトーなことを言うんじゃない。だいたい、おれが本気でそんなこと言うわけないだろ」

「ええ? じゃあふつうにももちゃんのきがえとってきてあげればいいのに」

 なぜか若干肩透かしを食らったような顔で小首を傾げる向日葵。

「いや、あれは最初から冗談だ。ちゃんと持ってきてやるつもりだったよ」

「なら初めから『うん』て言ってよ~。すごく焦ったんだから~。でもありがと~」

「ああ、それで今思ったんだけど、おれよりも向日葵に行ってもらった方が良くないか? 桃もおれにタンス開けられるの嫌だろ?」

「それなら大丈夫だよ~。多分ベッドの上にいつものジャージが置いてあると思うからそれだけ持って来てくれれば~」

「だってさっ! いってらっしゃいおにいちゃん。さ~て、もういっかいシャワーあびなおしてこよっと!」

 そう言って向日葵はいそいそと部屋から出て行った。

 おいこら、面倒くさくて行きたくないからって逃げてんじゃねえよ。

「くちゅんっ」

 おっと、桃が風邪引く前にぱっと行って来てやるか。ジュース掛けて風邪引かせるとか最悪すぎる。

「よし、じゃあすぐ行ってくるから待ってろよ」

「それじゃあ、わたしは……」

 台所の方を見回し、袋麺を手に取る桃。

「これはラーメン、だよね。わかった、あいちゃんがわたしの服を取りに行ってる間に作っといてあげるよ~」

 なん……だと。余計なことをしようとするんじゃない! ここで桃に作らせちゃったら、なんのためにジュースをぶっ掛けてまで、台所に近づかせないようにしたのか分からないじゃないか。

 まずい……。おれがこの場からいなくなったら、確実にダークマターの製造に取り掛かるはずだ。

「まて、その格好じゃ寒くないか? 身体を冷やさない為に、おれが戻るまで向日葵とシャワーでも浴びているといい」

「う~ん、そうだね~、そうするよ~」

 ふう……すんなり言うこと聞いてくれて助かったぜ。

「じゃあ行って来る」

「うん、急がないでいいからね~。ありがと~」

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