第8話土下座

「……」

「……」

「……」

 予想外の事態に呆然としている桃の全身から、ポタポタと滴る水滴の音だけが、虚しく玄関に響き渡る。

 うわーちょっとっ! 何やってんの!? 全然伝わって無いじゃん! 

おれは『ジュース使うなよ』って言ったじゃん……いや、正確にはアイコンタクトだったから言ってないけども。精々足止めの為にしつこく遊びに誘うくらいだと思ってたよおれは!

……え? ちょっ、誰か何か言ってよ。超気まずい空気が漂ってんだけど!?

……しょうがない、向日葵に頼んだのはおれだし、ここはなんとかするか……いつまでもこのままはアレだし。

「ごめん、桃、向日葵のせいで今日おろしたばかりの制服がジュースまみれになって」

 さりげなく『向日葵のせい』のところを強調して自分に責任が無いことをアピールする。

 向日葵から、不満に彩られた眼差しを向けられている気がするが知らないふりをしよう。

「えー? おにいちゃんがやれっていったからやったのに! ひどいよぅ」

 なんだと!? 酷いのはお前だ! こいつあっさりと裏切りやがった。

 これじゃあ、おれが向日葵に、無理やりジュースを桃にぶっ掛けるよう強要したみたいじゃないか! ああ……向日葵に任せたのが大間違いだったか、くっそー。

 妹がまさかの裏切り行為を働いたことによって事態が急転し、おれが重点的に責められるかもしれないという、場の流れが悪い方向に傾きつつあるなか、迷惑を被った当事者である桃からは何も言ってこないことをおかしいと思ったおれは、桃の様子を窺うことにした。

「うう……ひどいよ~今日おろしたてだってあいちゃんも知ってたよね~」

 てっきり、軽く『も~ダメだよ~二人とも~いくらわたしでも怒っちゃうんだからね~』なんて言ってくるものと思ったのだが、予想に反して、目尻に大粒の涙を溜め、今にも溢れそうになっているそれが零れてしまわないように、ギュッと拳を握り締めながら堪えている桃の姿があった。

 桃のそんな様子を眺めていると、実行犯ではないにもかかわらず、凄まじい罪悪感がこみ上げてくる。

「それに、まだお母さんとお父さんにも見せてなかったのに~、うう~ふぐっ」

 はっ、そうだった。桃の両親は仕事が忙しくてどうしても今日の夜にしか来れないって言ってたっけ。こいつお披露目するの楽しみにしてたんだよな……。

「本当にごめん。ほらっ向日葵も謝れ!」

「う、うん。ごめんなさい……ももちゃん」

 桃の泣きそうになっている表情を見て、悪い事をしたと自覚したおれと向日葵は、二人揃って地べたに頭を擦り付けるように土下座して、桃に誠心誠意謝罪した。

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