第7話戦慄とぶっ掛け

「ただいまー」

「おかえりー、おにいちゃん!」

今日は、小学校で始業式だけだったので先に帰っていた向日葵が、まだ飲みかけのジュースの入ったコップ片手に、元気よく出迎えてくれた。

「ひまちゃ~ん、ただいま~」

 自宅にマイ自転車を置いてきた桃が、玄関に来て手を振っている。

「おかえりなさーい、ももちゃーん!」

 待ってましたと言わんばかりに、ピョンッと小さくジャンプして、桃に抱きつきながら出迎える向日葵。ホント桃のこと好きだなお前。あと、なんでジュースがこぼれないんだ?

「桃、先に部屋着に着替えてくれば?」

「どうせ出掛ける前に着替えるんだし、時間が勿体無いよ~」

「でも制服に汁物とかこぼしたりして汚すかもしれないだろ?」

「もう、そんなこと、小さい子供じゃないんだからするわけないよ~」

「ああ、うん、それならいいんだけど……」

「おなかへったよー。なんかつくってよーおにいちゃん」

 向日葵が、桃にひとしきりじゃれついた後、桃から離れ、おれの方に振り向き言った。

 え? 母さん居ないの? あっそうか、今日は入学式に出席してからパート行くって言ってたっけ。

うわ~面倒くさいな~、ラーメンでも作るか?

「ねえねえ~、よかったらわたしが何か作ろうか~?」

 思案していると、桃が恐ろしいことを提案してくる。

 やる気に満ち満ちた恐ろしく良い笑顔でだ。

 おれは戦慄した。

 一瞬で思い出したのだ。

 過去に桃が作った料理の数々を……。

 ゆで卵を作ろうとしてレンジでチンして爆発とか、ラーメンに隠し味とか言ってチョコを大量投入したりとか、クッキーを焼いたらコンクリート並みに硬くなるとか、スクランブルエッグはほぼ炭と化したりとかだ。

 だが、今挙げたのはほんの序章に過ぎない。

 こんな、アニメでよくあるテンプレ失敗例などまだまだ可愛いほうで、更に凄まじい激マズダークマター料理も存在する。

 しかも、あろうことか、それを何の躊躇も無くおれたちに食わそうとするのだ。

 向日葵の青ざめた顔を見る限り、おれと同じようなことが脳裏をよぎったのだろう。あれらはそれほどに強いインパクトがあった。

 だからおれは間髪をいれずにこう返答した。

「いや、いい、おれがラーメンでも作ってやるよ」

 それくらいならおれでも余裕でできるからな。

「え~それじゃあ栄養バランスが偏っちゃうよ~。よ~し! やっぱりここはわたしが頑張っちゃおうかな~」

「いや、いい、おれがラーメンでも作ってやるよ」

「どうして、まるで無かったことにするように繰り返すの~?」

 桃がムッとした顔で質問してくる。

 ああもう! 無駄にやる気見せなくていいのに。

 そこで、おれは桃の問いには答えず、青ざめたまま硬直している向日葵に助力を仰ぐべくアイコンタクトを試みる。

『おい向日葵、お前ちょっと桃を何とかしてくれ! あ、その手に持ってるジュースは使うなよ。制服今日おろしたばかりだから』

 実行にうつすならおれより向日葵の方がいい筈。向日葵がやったことなら何をされてもすぐに笑って許してくれそうだし。

 ……どうだ? 伝わったか?

 コクン、と肯いて了承する向日葵。

 よし、なんとか伝わった気がする……たぶん。

『よし、じゃあ頼む、ミッションスタートだ!』

 すると、手に持っているコップと、その中身を一瞬だけ見て微笑する向日葵。

 あれ? 嫌な予感がする……。

「わぁん、つまずいちゃった~、ももちゃんあぶなーい」

「きゃあ!?」

 次の瞬間、何も無いところでドジッ子キャラの如く、不自然極まるこけ方をして、飲みかけのジュースを桃の全身目掛けてくまなく濡れるよう、バシャっと盛大にぶっ掛けた。

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