第4話出会い

 おれも桃も自転車通学することにしているので、おれはそのまま玄関横の北条家の庭へ、桃は一旦自宅の庭へ、それぞれの愛車を取りに行った。

 その時、ふと向かいに建てられたばかりの綺麗な家を見た。たしか、半年くらい前から工事していて、一週間前くらいに家が完成していたと記憶している。

 まったく、ホントあの期間は騒音が邪魔でしかたなかった。アニソンを聴くのも、アニメを観るのも、ゲームをするのも、全部ヘッドフォンを着用しないと、音が全然聞こえなくて話にならなかった。何度クレームをつけてやりたい気持ちになったか分からない。

「ねえあいちゃん、そこの新しいおうち、わたしは会ったことがないんだけど、どんな人が住んでるんだろうね~」

 桃が自転車をゆっくり押して、こちらに近づきながら訊いてくる。

「さあ? おれも春休み中はずっと家に引きこもってアニメ観たり、ゲームしたりで大忙しだったからなあ」

「もう、いつもいつも積みゲー溜めすぎだからだよ~。ちゃんと計画的にやらないからそうやって溜めちゃうんだよ~」

「それは分かってるんだけど……面白そうなゲームが引っ切り無しに発売されておれを誘惑してくるんだ。それで、あれよあれよと買ってるうちに、いつのまにか『マウンテンオブトレジャー』が出来上がってしまったんだ。

「そんな堂々と言われても……う~ん、しょうがないな~あいちゃんは~。まあわたしもあんまり人のこと言えないしね~」

 実は桃も、おれとかわらないくらいのオタクさんなのだ。昔のおれは『近所にゲームする友達がいたらいつでも格ゲーとかで対戦できるじゃないか、おれマジあったまいい!』とかアホなこと考えて、ちょうど家が隣で、しょっちゅう一緒に遊んでいた桃に、ゲームの素晴らしさをこれでもかと教えてしまったのだ。

 まあ、悪いとは全然思ってない。

 本人は楽しそうだし、結果オーライってやつだ。

 それに、それまでよりも、もっと仲良くなれた気がする。

「ねえ~早く行こうよ~本当に遅れちゃうよ~?」

 ぼんやり考えている間におれの数メートル先を進んでいる桃が、振り返って急かしてくる。

「大丈夫大丈夫、アクシデントがなければ十分間に合う時間だろ?」

 まったく、おれの幼馴染は心配性だなあ。

「それ絶対遅刻するフラグがたっちゃうセリフだよ~」

 頬を膨らませてぷりぷりと怒る桃。

 う~ん、さすがおれの幼馴染。とくにフラグなんていっちゃうあたりが。

「じゃあ桃は先に行っていいぜ。おれはゆっくり優雅に登校するから気にするな」

「え~駄目だよ~。ちゃんと一緒に行こうよ~。わたしと一緒じゃないと遅れそうでも急がないつもりでしょう~?」

「いやいや、さすがに初日から遅刻して悪目立ちするつもりはないから」

「う~ん、本当に~?」

桃が訝しげな眼差しを向けてくる。

おれは小学生の頃から、いくら遅刻しそうになっても一人では急いだためしがなかった。

だって、集中してゲームやったり、マンガやらアニメやらを観てたら、あっという間に時間泥棒されて夜更かししちゃうんだよ。マジで誰も起こしに来てくれなかったら朝起きられる自信がない。……うん、改めて考えたけどやっぱ無理。しょうがないしょうがない。

桃が朝起こしに来て一緒に登校してくれるようになって、ようやく遅刻常連者から脱却できたくらいだ。

そもそも、当時おれは母さんに起こしてくれるように頼んだはず。だが、知らぬ間に母さんが桃に頼んじゃったらしく、翌日早速起こしに来てくれた。あの時は何も聞かされていなかったので本当にびっくりして、ベッドから跳び起きたのを覚えている。

あとから母さんに訊いたらニコニコしながら教えてくれた。

「だって家は隣だし、幼馴染だし、朝からお世話してもらうとか、マンガやアニメやゲームみたいで、葵そういうの好きでしょ? いやーお母さん我ながらグッジョブね! ね!」

 とか、グッと親指を立てたポーズで。

 その時は『わかってない、わかってないよおかあさん、そういうシチュたしかにすきなんだけど、おれがすきなのはマンガとかのそれであって、げんじつでやられたらむかつくだけなんだって!』と反論したけど、やられてみるとこれがなかなか便利で助かっている。

 だって家はすぐ側だし、毎朝決まった時間に起こしに来てくれるし、条件反射で、部屋のドアを開けられるだけで起きられるようになったし、おかげで学校に遅刻しないですむようになったことは密かに感謝している。

 ……こっ恥ずかしいから絶対桃には内緒だけども。

「ああもう、わかったわかった。じゃあさっさと行こうぜ」

「もうあいちゃん! さっきからわたしがそう言ってるでしょ~!」

 桃がプンスカしながら返答してくる。

 桃に怒られる時、いつも思うけど、のんびりした口調のせいで叱られている感じがしないなあ。まあ今回は唯のツッコミだろうけど。

 そんなこんなで、おれと桃は世間話でもしながら、これから三年間通う高校まで自転車を走らせた。



 結果は、マジで遅れる五分前だった。

 学校に着くと、昇降口の横の掲示板にどでかい模造紙が貼り出されていた。

「ああ、クラス分けはあれに書いてあるんだな」

「うん、そうみたいだね~、あいちゃん」

「それじゃあ早速見に行くか、桃」

「一緒のクラスだといいね~」

 おれたちは遅刻ギリギリなのもあって、小走りで掲示板の場所まで行こうとした。

 すると急に、視界の端にチラッと人影が見えて、脇腹に激痛が走った。

「……うう……う……」

 声にならない呻き声をあげて崩れ落ちるおれ。

 うっ……ぐぐ……いって~、息ができない……一体何が起きたんだ?

 桃が驚いた顔で何か言ってる気がするが、何も聞き取れない。

「はあーふうーはあーふうーはあーふうーはあーふうー」

 とりあえず痛みを堪えて息を整える。

 土下座のような格好で、膝をついてハアハアやってる今のおれの姿って、何も知らない奴に目撃されたらただの変態にしか見えないんじゃないだろうか、たぶん。

 ふう、よし、だいぶ楽になってきた。

 そして、この痛みの元凶を睨み付けてやろうと思い、顔を上げるおれ。

 そこにいたのは、身をよじらせ尻餅をついている、身長低めの可愛らしい女子だった。

 艶のある、手触りが良さそうなさらりとした黒髪ロングストレートヘアで、パッチリと大きな瞳に高い鼻、唇は柔らかそうにプルンとしている。透き通るような白い肌で、体つきはスレンダー型の、着物がよく似合いそうな、大和撫子を思わせる風貌だ。

 直前まで怒りを燃やしていたはずなのに、その外見につい魅入ってしまった。

 そのまま視線を下へ移していくと、制服のスカートの隙間から、一点の曇りもない純白のパンツが至近距離で目に飛び込んできた。

 み、みえた! ラッキー! こ、これはまさか、あの有名な某ラブコメ漫画の主人公よろしくラッキースケベというやつでは? まあ、あの主人公なら軽く胸ぐらい揉んでそうだけど、やった後が恐くておれには無理です。

 つまりこの状況でできることは唯一つ! しっかりと脳内ハードディスクに、眼前の光景を焼き付けることだ。

「……あいちゃ~ん、いつまでそうやってるつもりなのかな~?」

 目の前のパンツを凝視していると、桃から要らぬ横槍が入った。

 責めるような眼で睨まれた。

 ぎゃあ! 桃にばれてる! こいつ普段はポワポワしてるくせにこういう時は割りと厳しいんだよなあ。

 桃のおかげで下着を見られていることに気づいたパンツ女子は、赤面しながら慌てて足を閉じ、スカートを整え、完璧な防壁を完成させた。……ああ残念。

「あの、ごめんなさい。急いでいて前をよく見ていなかったもので、大丈夫ですか?」

「ああ大丈夫大丈夫、もう全然痛くないしね」

 パンツも拝ませてもらったしね。ありがたや~。

「そうですか、よかったです」

「あの~そろそろクラス、確認した方がいいと思うんだけど~」

 あ、そうだった。忘れてた。助かったぜ桃。

「それじゃあ、一緒に行こうか。君も一年生だろ?」

 先に立ち上がって名も知らぬ少女に手を差し伸べる。

「はい、行きましょう」

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