第3話一家団欒

「おふぁよ~う」

おれはいつものように、欠伸を噛み殺しながら家族と幼馴染に朝の挨拶をした。

「おはよう、おにいちゃん!」

「おう、おそよう」

「ふふ、おはよう。高校の制服よく似合っているわよ、葵」

「二回目だけどおはよ~あいちゃん」

妹の向日葵、父さん、母さん、桃の順で挨拶が返ってきた。

ってちょっとおい! 父さんおれは別に遅くないから! みんなが早いだけだから! まあ一番遅かったうえに、起こされる前にギリギリ目を覚ましたとはいえ、桃に起こしに来させてしまった時点で文句を言う資格はすでに無くなってしまっている。

おれは泣く泣く喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

「さあ、それじゃあ朝ご飯食べましょうか」

「「「「「いただきます」」」」」

さっきおれを起こすときに桃が言っていた遅刻というのは、学校にではなく朝食に関してのことだった。両親の方針で、北条家ではおれが小学生の時から、朝食は家族揃って摂ることが決まりとなっている。そこに幼馴染であり隣の家に住んでいる桃が加わるようになったのは、おれと桃が小学四年生、向日葵が三歳の頃からだ。

桃の父親はいわゆる転勤族であるらしく、本当は桃もついて行くはずだったのだが、号泣したり暴れたりして全身全霊で拒否していたので、このまま連れて行くのは可哀想だと思った桃の両親は、苦肉の策で、家族ぐるみの付き合いがあり幼馴染でもあるおれの両親に愛娘を頼んだ。母さんは『娘が一人増えるみたいで嬉しいわね』と微笑み、父さんは『桃ちゃんは俺たちに任せろ』と胸を張って快く承諾していたのを覚えている。

幸い桃は、そのころには家事全般ほぼ一通りこなすことができた。だが、料理だけは米を研ぐ時に洗剤を使おうとするレベルにアレで、放っとくのはさすがにまずかったので、その日から桃は朝食と夕食はうちで摂ることになっている。

それ以外は、まあ基本的に自由にやっているようだ。

というか、ほとんど北条家に入り浸っている。やはり家に一人というのは寂しいんだろう。

桃の両親は、昔は最低でも週一で欠かさず会いに来ていた。桃が中学生になってからはすこしだけ帰ってくる頻度が減ったようだけど、それはきっと信頼の表れなんだろうと勝手に思うことにした。

「ふふ、それにしても葵と桃ちゃんも、もう高校生なのね。子供の成長は本当に早いわね。桃ちゃんがこの家でご飯を一緒に食べるようになってもう六年くらいかしら。わたしたちもずいぶん年をとったように感じるわ。ねえパパ?」

 母さんはまるで遠い昔を思い出すように、そしてほんの少しだけ寂しそうに目を細め、葵、桃、父さんの方を向いてそんなことを言った。

 よくドラマとかで我が子が何かしらの成長を遂げた際に、母親が『子供の成長は嬉しいような、寂しいような……』なんてセリフを言っているのをよく聞くけど、母さんもそんな気持ちになってるのかなと思った。

 こんな風に母さんはたまにセンチメンタルになったりするのだが、そんな時は大抵父さんが何かしらのフォローを入れる。

「ママはいつまでも若いままだからなんにも心配は要らないさ。女神に匹敵するほどの優しさと美しさで、毎日見るだけで天にも昇る思いだよ。ママ大好きだ! ママ愛してる! 俺のために生まれてきてくれてありがとう」

 女神に匹敵するほどの優しさと美しさはさておき、母さんは確かに若く見える。たしか今年で四十一歳のはずだけど、外見はどう見ても二十代後半くらいにしか見えない。

「そんな、こちらこそありがとうパパ。日本一……いえ、宇宙一格好良い私の王子様」

 そして、軽く抱擁を交わす王子様(笑)と女神様(笑)。

 父さんの方は今年で四十六歳なのだけど、母さんと同じくらい若く見える。宇宙一格好良い王子様かどうかは疑問が残るけど。

 一連の茶番を終え、ようやく朝食にありつく父さんと母さん。

 両親共に若々しく見える。そのせいかは分からないけど、傍から見ているとその言動は夫婦というよりまるで恋人がイチャイチャしているようにしか見えない。正直『子供の前で何やってんの?』と思わないでもないけど、両親が仲良いのは微笑ましくもあるので止めさせようとしたことはない。

 というか、もう慣れてしまった。生まれた時から何度も見せつけられれば当然の結果だ。

 向日葵と桃がなんの口出しもしないのを考えると、おれと同じ気持ちなんだろうと思う。

 さて、寸劇も終わったことだしぼーっとしてる場合じゃないな。さっさと食わないと学校遅刻するかも知れない。初日から遅刻はごめんだ。そんなのでわざわざ目立ちたくない。

「ももちゃんおかわり! ごはんおいしいねーおにいちゃん」

 向日葵が満面の笑みでおれに同意を求めてくる。桃の席が一番炊飯器に近いので、いつも桃がおかわりをよそう係りだ。

「ああ、って向日葵もう三杯目? 相変わらず食べるの早いしよく食うなあ」

 今のやり取りの間に二杯も平らげてしまうとは……なんて恐ろしい子。ホントどこに入ってんだろ? 向日葵は全然太ってないし、かといってとくに運動してるわけでもないのに、摂取したカロリーはどこに行ってるの? ブラックホールでも発生してるの? ちなみに向日葵以外、全員一杯目の半分ほどしか食べてないんだけど。

「それはアレだよーおにいちゃん。せ、い、ちょ、う、き、だからだよ。てへぺろ!」

 顔をおれの方に向け、サイドポニーテールの長い髪をなびかせ、ウインクしながら舌をペロッと出す向日葵。何がてへぺろ! だ。それは成長期でごまかせるレベルの量じゃない。お前は大食い選手権にでも出場する気か。

「はいどうぞ~ひまちゃん。超特盛向日葵白米デラックスできたよ~」

 うん、まあただの盛りまくった白米のことなんだけど。問題は、ただでさえ大きめな茶碗に対して、見た目で三倍から四倍はありそうな量の方だ。将来彼氏なんぞができた時も、今とおんなじような食い方してたらドン引きされるんじゃないか? あー、その前に彼氏つくれるところまでもいけないかー、はははは。そんな失礼なことを考えていると、まるで心を読まれたかのように、タイミングよく口撃が飛んできた。

「おにいちゃんももっといっぱいたべたほうがいいよ。そんなちょっとしかたべないからせがひくいんだよー。たぶん!」

グサッ。くっ……今のはかなり効いたぜ。なかなかやるな。まさか精神攻撃されるとは思わなかったぜ。悪気がない分たちが悪い。

 すると桃が、おれに聞こえないように向日葵に耳打ちしようと顔を近づける。

「ひまちゃんだめだよ~。あいちゃん中学に上がってから今までず~っと自分の背が低いの気にしてるからね~。この世にはね~、たとえどんなにあがいてもどうしようもないことがあるんだよ~。この間ネット通販で取り寄せてた怪しげなお薬も全然効果が無いみたいだし~。だから心の中で思ってても口に出さないで黙っててあげるのが優しさなんだよ~」

「うんわかったよももちゃん……もうおにいちゃんに『せがひくいからもてないんだ』とかいわない」

 ちょっとー! 聞こえてる聞こえてる! その内緒話丸聞こえなんですけど! わざと聞こえるように言ってる? えっ? なに? もしかしておれって二人から哀れまれてる? 超ショックなんですけど! やめて! 二人とも可哀想な者を見る目でおれを見ないでくれ! 心が痛い…………いかん、おれのガラスハートはこれ以上耐えられないかもしれない。

 ていうか、なんで桃はおれが『ファイト一発激のびーる君』を購入したことを知ってるんだろう? 誰にも言ってないはずなんだけどなあ。よし、本人に直接訊いてみよう。

「なあ桃、おれがその薬買ったの、なんで知ってんの?」

「…………………………それはね~、この間机の上に出しっ放しになってたからだよ~」

 桃は微笑を崩さず答えてくれた。

 ……え? いやいや……そんなことは……でも……まさか……ていうか今、もんのすご~く間があったのが怖いんだけど。まさかおれの部屋に、監視カメラかなにか設置してないだろうな。一応今日学校から帰ったら部屋の中調べてみるか。絶対無いとは思うが、いまいちすっきりしないからな。

 よし、一旦忘れよう。

 すると、いつのまにか食事を終わらせた桃が言ってきた。

「そんなことよりあいちゃん、そろそろ出発しないと遅れちゃうよ~?」

 そんなこと……だと? おれにとっては大問題なんだけど。とはいえ時間が迫ってるのは事実なので余計な口は挟まないでおいた。

「ああそうだな、急ぐぞ」

 と言いつつ、朝食をさっさと口に掻っ込んだ。まあほとんど器の中身は無かったんだけど。

 それからおれと桃は、まだイチャついてる両親と、四杯目の超特盛向日葵白米デラックスを頬張っている向日葵に『『いってきます』』と言い、我が家を後にした。

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