第8話 それぞれの思い 雪村朱音

 優くんが私に背を向けて帰っていく。私はその背中を見続けていた。

 私は優くんの姿が見えなくなるまでその場に残っていた。

 その姿が見えなくなると、今いる場所がひどく寂しい場所に思えてくる。


「私も帰ろ……」


 私は来た道を戻り玄関を開けて家に入った。

 外からリビングに明かりがついてるのが見えたので、たぶんお母さんはそこにいるんだと思う。

 私は靴を脱いで、玄関の鍵を閉めてからリビングに向かった。


「ただいま、お母さん」

「おかえり、朱音。待ってたわよ」


 予想通りお母さんはそこにいた。

 お母さんは椅子に座っていてテーブルには空になったコップが置いてある。けっこうな時間私のことを待っていたのかもしれない。

 私に何の用事なんだろう?


「どうしたの?」

「朱音にこれからのことを話しておこうと思ってね」


 そのことなら私も聞いておきたかった。

 優くんとの会話で話題になったので、少し気になっていたから。


「うん、聞きたい」


 私はお母さんと向かい合うように椅子に座った。


「その前に、これ教えておくね」

「なに?」


 そう言ってお母さんはスマホを操作してから、しばらくすると一つのグループ招待が私のスマホに届いた。

 そのグループの名前は『雨宮家』だ。


「お母さんこれは?」

「これはね、私たち家族のグループよ」

「家族の?」

「そう。家族内の連絡事項とかは、ここで共有しようって話になってね」

「ふ~ん」


 私たちがデートをしている間に、そんなことまで話し合っていたらしい。

 てっきり、優くんが言っていた引越しについてだけかと思ってた。

 確かに、あんなに時間があったらたくさん話はできるよねぇ……

 そんなことを考えながら私はスマホを操作してそのグループに入った。

 優くんはまだいないようで、先にそのグループにいた優くんのお父さんを友達登録して短いあいさつ文を送った。


「それで、これからのことなんだけど……」


 そして、これからのことについてお母さんは話した。

 要約すると、明日婚姻届けをだして明後日には引越すということだ。

 結構忙しくなりそうだなぁ……


「それで、これは単に私の興味からなんだけど……」

「うん? 何?」


 私はお母さんが何を聞きたがってるのか予想はついた。


「優くんとのデートはどうだったの?」


 予想通りだったため、私は驚きも動揺もしない。

 まぁ、気になるよねぇ……


「楽しかったよ」


 本当に楽しかった。

 あの楽しかった時間は今でも思い出せるし何にも代えがたい。

 それだけ、優くんとのデートは私の中で特別なものになっていた。


「そう……よかったわね」


 お母さんは、安心したような表情だった。

 私、何か心配させるようなことしちゃったのかな?


「私何かした?」

「どういう意味?」

「お母さん、今すごく安心した顔したから……私、何か心配させるようなことしちゃったのかなって思って……」

「そんな顔してた?」

「うん、してたよ?」

「そう……」


 お母さんは少し考えてから話し始めた。


「それはね……朱音のそんな幸せそうな顔、学園に入ってから初めて見たからだよ」

「えっ……」

「もうそんな顔、見れないんじゃないかって思ってたけど、今日その顔が見れたから安心しちゃってね……」

「……」


 たしかに、今日は学園に来てから一番楽しかったと言ってもいいくらいだ。だから、幸せそうな顔を無意識のうちにしてしまったのだろうか?

 っ~~~。恥ずかしい。お母さんにそんな顔を見られるなんて……

 そう思ったけど今は私のことよりも今はお母さんを心配させたことについての申し訳なさがこみ上げてきた。


「心配かけてごめんなさい」

「朱音が謝ることじゃないのよ。私が力になってあげられなかったのが悪いんだから」

「だけど……」

「でも、そのことはもう心配してないわ」

「えっ……」

「だってこれからは、朱音を楽しませてくれた人と一緒に住むことになるんだからね」


 楽しませてくれた人って……優くんのことかな?


「ふふふ」

「どうしたの?いきなり笑いだして?」

「朱音、また幸せそうな顔してる」

「えっ……」

「優くんのことを考えてたのかな?」

「っ~~~」

「あらあら、当たっちゃったみたい」


 お母さんは嬉しそうに笑っている。私は恥ずかしさで顔が真っ赤だろう。


「優くんと出会えてよかったわね」

「……うん、よかったよ」


 もっとも、私と優くんが出会えたのはお母さんたちが再婚するおかげだろう。

 だって、それがなければ優くんと出会うことも、話すことも、絶対になかったと思うから。

 そんな未来もあったんだと思うと悲しくなってきた。


「優君ともっと仲良くなりたい?」

「うん、もちろん」


 それは当然だ。

 だって、一緒にいて『楽しい』って思える人だから。


「優くんのこと好き?」

「えっ……」


 でもこの質問にはすぐに答えられなかった。

 だって、そんなこと言われるなんて、全く考えてなかったから。


「……どうしてそんなこと聞くの?」

「だって、朱音が幸せそうな顔する時って優くんが関わってるんだもん。だから、そうなのかなって思ったのよ」

「……」


 私が優くんのことを……考えたこともなかった。


「まだ、分かんないよ……」


 今はこう答えるしかない。

 でも、否定することもできなかった。というより、その可能性を否定したくなかった。


「出会って一日だから、まだ分からないよね」

「……うん」


 お母さんのその言葉は私の思いとは少し違ったけど、そういえばそうだったと思い頷いておいた。

 そして私は一つの事実を思い出した。

 そういえば、私と優くんってこれから家族になるんだよね。だったら恋愛はいけないんじゃないのかな?


「でもさ……家族でってのはダメじゃないの?」

「うん? そのことなら大丈夫よ。知ってる? 法律的にも問題ないんだって」

「そう……」


 私が優くんを好きになっても問題はないんだ……でも、本当に今すぐには分からないよ……


「だから、もし優くんを好きになっても、家族だからって諦めちゃダメよ?」

「……反対しないんだね」

「そんなの当たり前でしょ? 自分の娘の幸せを願わない親なんていないわ」

「……そう……分かったよ」


 いったん自分の部屋でこのことについてゆっくりと考えたいなぁ……そうすれば、何か答えが見えてくるかもしれないし。


「ねえ、お母さん。話はもう終わり?」

「うん、今ので話は終わりよ」

「そう。じゃあ私はお風呂に入って来るから」

「うん、分かったわ。……あっ、そうそう、そこにあるダンボールを使って小物とか分けておいてね」

「うん」


 私は椅子から立ち上がり、部屋の隅に置いてあったダンボールを持っていったん部屋にパジャマを取りに行った。

 それから、お風呂に入り、歯を磨いたりと寝る準備を済ませ、今は自分の部屋のベットの中にいる。

 そこで、色々と考えることにした。

 ……いや、色々とじゃない。私の優くんに対する気持ちについてだ。


 私、優くんのことが好きなのかなぁ……

 優くんは、私のことを普通の女の子として接っすると言ってくれた、学園で唯一の男の子だ。

 そう言われて、私は嬉しかった。ようやく、私を普通に見てくれる人に会えたと思えたから。

 そう言ってくれたから、今日のデートを楽しむことができたし、素の自分を出すことができた。

 本当に、あんなに楽しかったのは生まれて初めてかもしれない。

 そして、今日の別れ際に優くんが私のことを苗字で呼んだ時に、とても悲しく思った。このまま、他人行儀な関係は嫌だって思った。

 あの時、家族になることを理由に名前を呼び合うことにしたけど、本当は、ただ私のことを名前で呼んでほしかったし、優くんのことを名前で呼びたかっただけ。

 これだけあれば私の気持ちなんて簡単に解ってしまう。

 やっぱり私、優くんのことが好きなんだなぁ……

 私のこの気持ちはどう見てもひとめぼれだし、もしかしたら勘違いかもしれない。

 だけど優くんが今日してくれたことは、私にとって本当に嬉しいことで、とても特別なことだった。

 だから今感じているこの気持ちが現時点での本物だろう。

 それにひとめぼれだとしても勘違いだとしても、お母さんの言った通り私と優くんは出会ってまだ一日で、私たちにはまだまだ時間はある。

 だから、あせらずゆっくりと優くんのことを知っていけば私の本当の気持ちが分かると思うし、この今の好きという気持ちを大きくすることも出来る。

 う~~~、考えてるだけで恥ずかしくなってきたよ……

 だけど、私と優くんはこれから家族になる。

 お母さんは家族でも大丈夫って言ってたけど、私が好きになることで優くんに迷惑はかけたくない。

 だからって、優くんのことが好きという今感じているこの気持ちに嘘はつけない。

 そもそも、優くんは私のことをどんなふうに思ってるんだろう。

 好き? 嫌い? それとも普通?

 う~ん……これは考えても分からないなぁ……

 ただ、今分かることは……

 私、優くんのことが本当に好きなんだなぁ……


 そう思うとすっきりした気持ちになって、そのまま寝てしまった。


 翌朝、スマホに優君からの友達登録とメッセージが来ているのに気付いた。確認すると、昨日の日付だ。

 私は、急いで返信したが、まだ寝ているのか、優君から返事は来なかった。

 私は、なんであのまま寝ちゃったんだろうと後悔した。

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