第7話 それぞれの思い 雨宮優
俺は朱音と別れてから、自分の家に向かって歩いている。
歩きながら今日のことを振り返ろうとしたけど、朱音との別れ際に起きたことのインパクトが大きすぎて、まともに考えられない。
だからではないけど俺はこれから先の未来について考えることにした。
明日から四月かぁ……てことは、春休みももう終わりだなぁ……
学園が始まるのは確か……六日からだったはずだから、もう一週間もないのか。
もしかして、その間に引越しとかしなきゃいけないのか? というかそれしかないよな。六日になったら、俺たちは学園に行かなきゃならないし、父さんたちも仕事があるだろうし。
これから数日は忙しい日々になるんだろうなぁ……
「はぁ……」
未来のことについては考えない方が良かったかもしれない。待っているのは、肉体労働を強いる過酷な未来のようだ。
「……」
俺は少し憂鬱な気分になって家まで歩き続けた。
※※※
二十分くらい歩いたところで、俺の家に着いた。
この家は無駄に二階建てで、二人で住むには広すぎる。使われてない部屋もあり、そこは物置になっている状況だ。
朱音たちが引越して来たらちょうどいい感じだろう。
そんな家の玄関の扉を開けて俺は中に入った。
リビングのほうからテレビの音が聞こえてくる。多分そこに父さんがいるのだろう。
とりあえず、父さんに帰ったことを知らせないとな。
俺は靴を脱ぎ、玄関の鍵を閉めてからリビングに向かった。
リビングに行くと予想通り父さんはいた。
「ただいま」
「おう。おかえり」
なんか、久しぶりに父さんの声を聞いた気がする。
その声を聞くと、家に帰ってきたんだという思いがこみ上げてきて、一気に疲れがやってきた。
今日のデートは確かに楽しかったけど、絶対に慣れないことをやったせいだろうな。早く風呂に入って早めに寝たい。
そう思い俺はリビングを出て、二階にある自分の部屋にパジャマを取りに行こうとした。
「優、話があるからちょっとこっちに来てくれ」
だけど、父さんのその言葉で俺の行動は妨げられた。
このタイミングで話ってのは、今後のことについてだろう。聞いておく必要はありそうだ。
俺は自分の欲求を抑えて、しぶしぶ父さんのところに行った。
「まぁ、座れ」
話が長くなるのか、父さんはそう言ってきた。
俺の家にはソファーが二つL字型に置いてあり、俺は父さんから見て斜め向かいのソファーに座る。
俺が座ったのを確認すると、父さんはテレビを消してから話し始めた。
「今日のデートはどうだった?」
父さんが訊いてきたのは、デートについてだった。
今後のことじゃないのか!
「話ってそのこと?」
当然の疑問を父さんに言った。
「いや、違うぞ。ただ気になっただけだ。別にいいだろう? 減るもんじゃないし」
「まぁ、そうだけど……」
「で、どうだった?」
俺としては早く本題に入って欲しいけど、父さん俺のデートについて興味津々な様子だ。
はぁ……これは俺が話さないと先に進まなヤツだな。まぁ、別に隠す事でもないからいいけどさ。
俺はそう思い今日のデートのことを話すことにした。
「そりゃ、普通に楽しかったけど」
「そうか。ちゃんと朱音ちゃんをリードしたか?」
あれをリードしたと言えるのだろうか。……いや、どう考えても言えないだろうな。最初なんか完全に頼ってたし。
「いや……デートとか初めてだし……」
「情けねえなぁ」
「まぁ、そうだけど……でも、朱音も楽しんでたみたいだから……」
俺は普通に感想を言っただけだし、どこもおかしなところはないと思うんだけど、父さんはニヤニヤしていた。
まぁ、大体予想はつくけどな……
「……なに?」
「朱音、ねぇ~」
ほら、やっぱりな。
「おかしくないだろ。これから家族になるだし、名前くらい……」
「別に、おかしいなんて一言も言ってないし思ってもいないぞ?」
「……」
「でも、優のことだからまだ苗字で呼んでるかと思ってのは確かだけどな」
「まぁ、最初はそうだったけどね」
さすが父さんだ。俺のことをよく分かっていらっしゃる。
「どういうことだ?」
「いや、なんか、別れ際に朱音に名前で呼び合うことにしようって言われて……」
「なるほどな。俺としても朱音ちゃんと仲良くなってるみたいで良かったよ」
「……まぁね」
はぁ……さらに疲れが溜まった気がする。
早くこの話終わんないかなぁ……
でも、父さんは一人で「そうだなぁ……この感じなら……」とか言いてるからまだ終わりそうにはなかった。
「この感じだとあり得るかもしえないから言っておくけど……」
父さんはそう切り出した。
その顔は少し真剣だ。
いったいなんだろう?
「朱音ちゃんのことを好きになってもかまわないからな」
「…………はぁ?」
そして、爆弾発言をした。
いきなりのことで、俺は理解できなかった。いや、別に順を追って話を聞いても話を理解できたかは不明だ。
「ああ、もちろんこれは、友人とか家族とかの好きじゃなくて、恋愛の好きだからな。勘違いするなよ?」
「はぁ……」
俺もそう言われると、父さんが言ってることを嫌でも理解できてくる。なんで、そんな話がでてきたのかはわからなかったけど。
それでも、俺はこのことについて少しだけ考えてみた。
俺が朱音を好きになるねぇ……って、それはヤバいんじゃないか。だって、俺たちこれから家族になるんだよな?
「それって、ダメなんじゃない?」
「どういうことだ?」
父さん、分かってないのかよ。
「いや、だから、俺と朱音って家族になるんだろ?」
「そうだけど?」
「だったら家族で恋愛ってやばいだろ…」
「別に構わないだろう。それに法的にも問題はないしな」
構わないのかよ! それに、法的って……もしかして、わざわざ調べたのか? どんなところに労力を使ってるんだよ……
「それに、これは唯さんと話し合ったことだからな。俺はもちろんだが唯さんもいいって言ってたぞ?」
「……」
二人して何を話し合ってるんだか。普通そんなことは考えないと思うんだけどなぁ……
そんなことを考えていると、父さんはさらに真剣な表情で話し始めた。
「俺たちはなぁ……再婚することでお前たちを不幸にはしたくないんだよ。お前たち二人がお互いを好きなのに、俺と唯さんが再婚して優と朱音ちゃんが家族になったからその恋をあきらめるってのは、おかしいことだと思ってる」
父さんたちの再婚話がなければ、俺と朱音は話すことすらなかったんだけどなぁ……
でも、それは言わなかった。なかった未来を話しても意味がない。
「だから、何も心配することなく朱音ちゃんを好きになっていいからな」
「多分そんなことにはならないと思うけど……」
「まぁ、出会ってまだ一日なんだし、まだどうなるかは分からないだろうさ。でも、今後一緒に過ごしていくうちにそうなるかもしれないだろう? その時にさっきの話を思い出してくれ」
「……分かったよ」
俺は一応同意したが、今のはそんなに考えてのことではない。
とりあえず、首を縦に降っただけだった。
「てことで、これからが本題だ。もちろん、今後についての話だ。まぁ、さっきのが優にとっては本題だったかもしれないけど」
「はぁ……」
ようやく本題ですか。
ここまで来るのに長く険しい道のりだった気がする。
「それでだ、俺と唯さんは明日にも婚姻届けを出してくる。ついでに、学園に行って色々と手続きを終わらせてくる」
たしかに、朱音の苗字とか住所が変わるわけだからそういうことは必要か。
「そして、明後日には引越しをしたい。だから、明日からは掃除やら引っ越しの手伝いやらで忙しくなるから、そう思っていてくれ」
やっぱり、忙しくなるんだな。まぁ、予想通りか……
「分かった」
「それじゃ、明日からよろしく」
今後についての話はすぐに終わった。
もしかしたら、俺の話題のほうがメインだったのかもしれない。
父さんは、言うことは全部言ったという感じで、リビングを出ていった。
俺もパジャマを取りにいったん二階の自分の部屋に行き、それからもう一度、一階に降りて風呂に入った。
そして風呂から上がって自分の部屋に戻ろうとすると、また父さんに会った。どうやら俺を探していたようだ。まだ何かあるのか?
「さっき言うの忘れてたんだけど、ほら、優の使ってるアプリあるだろ? あれ、俺も入れたんだ」
「ああ、あれね」
それは、個人でチャットをしたり、グループを作ってチャットをしたりするやつだ。
今まで父さんは入れてなかったが、ようやく入れることにしたらしい。おそらく唯さんの影響だと思う。俺がいくら言っても入れてくれなかったからな。
父さんも惚れた女には弱いってことか……
「それで、家族のグループを作ったから、優も入ってくれ」
「分かったよ」
まず父さんを友達登録してから、そのグループに招待してもらった。
名前は何のひねりもなく『雨宮家』のようだ。
そのグループには唯さんは当然だが、朱音も入っていた。
とりあえず、二人を登録しってと……
ちなみ、これが初めての女子との友達登録である。
俺の友達欄に花が増えて少し嬉しかった。まぁ、一人は女性だがな。
俺は短いあいさつ文を二人に送りながら、二階にある自分の部屋に向かった。
部屋に着くと、ちょうど唯さんからは返事が来た。だが、朱音からは来ていない。
もう、寝ちゃったのかな? まぁ、いつか気付くか……
スマホを机の上に置いて、電気を消してベットに入った。
すると、さっきの父さんとの会話が頭の中をぐるぐる回り始め、眠気がどこかに飛んで行ってしまった。
しょうがないので、眠くなるまでそのことについて考えることにした。
家族同士で恋愛かぁ……なんか小説みたいな話だな。
まぁ、俺には関係ないことだと思うけどな。
だって、俺は朱音のことを好きではないし。
だからといって、嫌いという訳もなく、もっと仲良くなりたいと思っている。
だからだろうか。あの時、朱音のことを名前で呼びたいと思ったのは。
名前で呼んで、親密度を高める、みたいな……
う~ん……それは違うような気がしてきた。
あの時はたしか……自然に名前で呼びたいって思ったんだよな……
もしかして、今日のデートを経て、段々と朱音のことを好きになっていってるとか?
う~ん……考えがぐちゃぐちゃしてきたぞ。
というか、朱音は俺のことをどのように思ってるのだろうか。
……まぁ、それこそ俺が考えても分からないことだな。
結局、出会って一日じゃ、俺の気持ちも、朱音の気持ちも 何も分からないってことか。
父さんの言う通り、これから一緒に過ごしていくうちに色々と分かってくるはずだ。
俺が朱音のことを好きなのかそうじゃないのか。
そう結論付けると一気に眠気がやって来て、そのまま夢の世界へと旅立っていった。
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