第6話 デートのエピローグ

 夕食を終わらせた俺たちは、ショッピングモールの出口にいた。まだ外には出ていない。

 それには一つだけ理由があった。それは……


「あの……雪村さんの家ってどこ?」


 これである。

 頭の中でどの道順で帰ろうか考えようとしたら、そういえば雪村さんの家ってどこ?ってなったのだ。送ると言いながら、これはかなり情けなかった。

 でも仕方ないじゃないか。雪村さんと接点なんて今までなかったんだから。それなのに住所を知っていたら、ストーカーを疑われるだろう。


「えっと……知らないのに送ってくれようとしたの?」

「うっ……ごめんなさい」


 返す言葉もなかった。


「謝らないで。送ってくれようとしたのは、その……嬉しかったから」


 雪村さんは笑顔でそう言ってくれた。

 俺はその言葉と笑顔でいくらか気持ちが楽になる。


「じゃあさ……一緒に帰ろう? 私、まだ雨宮君と話たいから」


 そして、雪村さんの今の言葉は嬉しかった。

 俺はここで別れるのは悲しいと思っていたから。


「うん。分かった」


 だから、俺も雪村さんと帰ることを選択する。


「じゃあ、行こう雨宮くん」


 来た時とは違い、帰りは雪村さんが先導していく。

 こうして、俺たちはショッピングモールから外に出た。


 ※※※


 外はすっかり暗くなっていた。空には少し雲があり、月を隠している。

 その中を俺たちは会話もせずに無言で歩いていた。

 人が多いところで話すこともない、と二人して思ったのかもしれない。

 ショッピングモールから数分歩き、住宅街に入った。

 ここには俺たち以外に人はいなく、足音は二人分だけだ。そして、それ以外の音もなく、今この瞬間はこの世に二人しかいないのではとさえ思えてくる。

 そんな中で、俺は雪村さんに話しかけていた。


「今日はどうだった?」

「楽しかったよ」

「そう。ならよかった」

「雨宮くんは?」

「もちろん、楽しかった」


 本当に楽しかった。いつもの友達と行くのとは全然違った楽しさだ。

 それに、学園では見ることができない雪村さんを見ることができた。

 それは、褒めたりすると顔を赤くする恥ずかしがり屋な雪村さんだったり、単なるゲームソフトに興味を持つような好奇心旺盛な雪村さんだったり、勝負事で負けたら悔しがる負けず嫌いな雪村さんだ。

 どれもこれも、学園のアイドルとは思えないものだった。

 俺は雪村さんを普通の女の子として接すると決めたが、その選択は間違っていなかったと今確信した。

 なぜならそのおかげで、アイドルという衣装を着せられた雪村朱音ではなく、本物の雪村朱音を少しは見ることができたのだから。

 そう考えていると俺の中から、学園のアイドルと呼ばれていた雪村朱音は消えていった。


「また、行きたいなぁ……」


 雪村さんの今の言葉はつぶやく程度の声量だったが、しっかりと俺の耳には入ってきた。

 それは単なる独り言だったのかもしれない。

 しかし、俺はその独り言に応えた。


「そうだね。また機会があれば行っこか」

「うん!」


 雪村さんからは嬉しそうな声で返事がきた。

 俺もその言葉を聞けて嬉しかった。

 それから俺たちは、また無言で歩いていた。

 朝のショッピングモールへ向かっていた時とは違い、息苦しさとかは全く感じない。

 ある程度は雪村さんと仲良くなれたということだろう。

 これはきっと今日のデートのおかげだ。父さん達には感謝しないとな。

 そんなことを考えてると、雪村さんが話しかけてきた。


「そういえば、お母さん達は何してたのかな?」

「う~ん……何してたんだろう?」


 そういえばそうだな。

 俺たちをデートに行かせておいて父さん達は何をしてたんだろう。

 雪村さんに言われるまでは、まったく気にしてなかったな。いや、そんな余裕がなかっただけか……

 今はそのくらいの余裕はあるので、少し考えてみることにした。


「う~ん……引越しの話、とか?」

「あっ、そっか! 再婚するんだから、これから同じ家に住むことに、なる、もん、ね……」


 雪村さんは、言ってて恥ずかしくなってきたのか、どんどん声が小さくなっていった。

 雪村さんが恥ずかしがってるせいで、俺も恥ずかしくなってきてそのことについて考えてしまった。

 うわぁ、一緒に住むことについては全然考えてなかった……これからは一つ屋根の下で同級生の女子と……やめよう、これ以上考えると余計に恥ずかしくなる。とりあえず今はこの微妙な空気を変えよう。

 俺はそう思い、今は関係ないことを言ってみた。


「そ、それなら、いつでもゲームできるね」

「そ、そうだね。楽しみだよ」


 すると雪村さんもそれに便乗する。二人して、無理やり話を切り上げた感じだった。

 それから俺たちはまた無言で歩く。

 今度はさっきの会話のせいで、少しだけ居心地が悪かった。

 それからしばらく歩いたところで、雪村さんは一つの家の前で立ち止まった。


「着いたよ。ここが私の家」


 いつの間にか、雪村さんの家に着いていたようだ。


「ここが雪村さんの家かぁ……」

「そうだよ」


 初めて見たが一階建ての立派な家だった。

 そして、ここに着いたということは今日の楽しかった時間も終わりということだ。

 そう思うと、残念な気もするが仕方ないだろう。なんでも終わりはつきものだ。


「今日はありがとう。楽しかったよ」

「こちらこそありがとう。それじゃあ、またね。雪村さん」

「うん……またね……」


 別れのあいさつはすぐに終わった。

 それから俺は雪村さんに背を向ける。

 そして、俺は、一歩、二歩と歩いていった。


「待って、優くん!」


 すると、後ろから突然俺を呼ぶ声がしたので立ち止まり振り返った。……って、優くん!?


「……」


 俺は何が起きたのわからずに呆然としていた。

 その間に、雪村さんは俺の近くまでやって来る。

 俺と雪村さんの距離は、約一メートルといったところだろう。

 雪村さんは俺の顔を見ている。

 今俺たちが立っている場所には街灯がなかったが、ちょうど雲に隠れていた月が徐々に姿を現し、雪村さんを美しく幻想的に映し出していった。


「えっと……一つだけ提案があるんだけど……いいかな?」

「う、うん。いいけど……何?」

「その……あのね……」


 雪村さんはなかなか話し始めなかった。

 何だろうか。よく分からないけどここは雪村さんが話し始めるのを待つべきだろうな。

 俺は催促せずに、雪村さんが話し始めるのを待った。

 そして、数秒経ったのかそれとも数分経ったのかは分からないけど、雪村さんはもう一度話し始めた。


「あの……私たちこれから家族になるんだし、その……苗字で呼び合ってるのは、変じゃないかなと思って……だからさ……これからは名前で呼び合うほうがいいかなって思ったんだけど…………ダメ、かな?」


 たしかに、これから家族になるのに苗字で呼び合ってるのは変だろう。それに、たぶん雪村さんは、苗字が雨宮に変わるだろうし、名前で呼び合うのは自然なことだと思う。

 だけど、そんな理由とは関係なく、俺にはただ名前で呼びたいという思いもあった。

 だから、俺はその提案に乗っかることにする。


「そ、そうだね……これからは名前で呼び合うことにしよっか……」


 そうやって言葉にしてみると、やけに恥ずかしいことのように思えてきた。

 雪村さんは、嬉しそうにそして何かを期待してるように俺の顔を見つめている。

 これって……もしかしなくても、次は俺ってことなんだろうな。まだ、心の準備ができてないんだけどなぁ……


「え、えっと……」


 俺は雪村さんの視線から逃げるように、目線を下げて考えた。

 だけど、考えるまでまもなく俺の中で雪村さんの新しい呼び方は決まっていた。

 それを言えばいいだけなんだけどかなり照れくさい。

 ええい、名前を呼ぶだけだ。別に告白するわけじゃないんだから変に考えるな俺。

 俺は覚悟を決めて目の前の顔を見つめ返した。


「あ、朱音……」

「う、うん。優くん……」


 二人して名前で呼び合い、二人して顔を赤くして、同時に顔をそらした。

 俺たちの間に静寂の時間が訪れる。

 やっぱり、名前で呼ぶのは恥ずかしいものだった。

 けれど、もう一度俺はゆきむ……朱音の顔見ると、彼女も俺の顔を見てきた。


「えっと……改めてよろしく……」


 俺は改めてもう一度あいさつをした。なんとなく、もう一度言うべきだと思ったから。

 すると、朱音も俺の顔を見てきた。


「こちらこそ……よろしくお願いします……」


 そして、朱音も同じようにようあいさつをする。

 それが終えると、少しおかしかったのか、二人して小さく笑っていた。


「それじゃあ……もう帰るよ」


 朱音が落ち着いてきたところで、俺はそう言った。


「う、うん。じゃあね……優くん」


 少し残念そうに聞こえたのはきっと俺の気のせいだろう。


「じゃあね……朱音」


 俺たちは今日二回目の別れのあいさつをしてから、俺は朱音に背を向けて歩き出した。

 今度は俺を呼び止める声はしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る