それぞれの楽しさ

 蝉がうるさい、暑い。

 そんな感想しか浮かばない記録的猛暑。なのにも関わらず、家の前には三台のバイクが並んでいる。

 愛車のコレダスポーツ、シュワちゃんのGAG。そして森中の真っ赤なレッツ5Gだ。

 そして外がそんな炎天下の中、俺は汗を拭いながらスクリーンをレッツに取り付ける。森中が買ったはいいが付け方がわからないと泣きついてきた。

「あちぃ……」

 思わず口から溢れる。

「すいません……わざわざこんな事やってもらって」

 森中は倉庫の中の椅子の上から申し訳なさそうにそう呟く。

「いや、いいんだ」

 そして概ね取り付けが完了した。そしてすぐに車庫の中へ避難する。一つ屋根の下、自称レーサーとバイク乗り。そして機械音痴の後輩。なかなか濃いメンツだ。

「なあ二人とも」

「なにぃ」

 ダルそうな声でシュワちゃんが返事をする。

「もっと涼しい所に行かね?」

「あるんだったら行ってるわよ」

「あるから早くヘルメット被れ」

 そう言ってヘルメットを頭に押し付けた。

「痛っ!」

「ほらっ、森中も行くぞ」

「へぇ!? わ、私もですか!?」

 二人だけで行くと思っていたのだろうか。情けない声が口から漏れる。

 シュワちゃんを外に引きずり出してシャッターを閉めた。

「私もうクラッチも握りたくない……」

 シュワちゃんが駄々をこね始める。ていうか自称レーサーなのにそんなことを言ってもいいのだろうか。

「じゃあそこにあるバーディーでも乗ってくか?」

「あー、もうそれでいいわ」

 ふらふら歩きながらバーディーに跨りエンジンをかけた。冗談で言ったつもりだったんだが。

「もう暑いから早く走り出しましょ」

 そう言っている時にはすでにギアを入れて走り出そうとしていた。

 すぐにキックを下ろしてエンジンをかけたが蝉がチャンバーの音を搔き消す。

「森中も行くぞ」

 ギアを入れてすぐに走り出す。早くこのうだるような暑さから逃れたい、その一心で。

「待ってくださぁい」

「ほら早く行くわよ」

 ミラーにレッツを煽るバーディーの姿が見えた。これじゃあ、後輩をいじめてる暴走族の先輩みたいだ。

 それから山に入り少しだけ涼しくなり始めた。たが運悪く工事現場の信号に引っかかってしまった。

「あのぉ、木穂先輩……大丈夫ですか?」

 インカムから聞こえてくる声に反応して後ろを振り向くと、シュワちゃんがハンドルに突っ伏していた。

「ほら、青になったから行くぞ」

 その声に反応してすぐに走り出したいのかすぐにアクセルを開ける。しかしエンジン音だけが高鳴るだけで少しも進まない。まだニュートラルからギアを入れてなかったようだ。

「おい! シュワちゃんまっ……」

 待って! と言い切らない内に彼女はギアを入れた。そしてペダルから足を離した瞬間。一気にフロントは浮き上がり暴れ始める。

「くっ!」

 必死に押さえつける声が聞こえた。ウィリー状態のまま少し進むと、ようやくタイヤが地面に戻った。

「死ぬかと思ったよ!」

 インカム越しで叫ぶ声が聞こえた。ミラーにはシールドを開けて焦った顔をしてるのが見える。笑ったら怒られるかもしれないが、どうしても抑えられない。

「くっくっくっ……」

「だ、大丈ぶっ……大丈夫です、か?」

 森中も心配してるのを装うが所々笑いが溢れている。

「レーシングマシンに遠心クラッチなんて……」

「そうだよな……乗りなれてないもんな……ぐふふっ」

 またミラーを覗くと最後尾の森中が必死で笑いを堪え肩を震わせてる。

「なによ」

 鋭い声が耳に刺さる。

「いや、少し前にスーパーカブで現役レーサーがレースやってたような」

「言わないで!」

「よ、よし! 切り替えて目的地に行こう!」

 そう言ってアクセルを開けようと思ったが回転数が徐々に下がる。考えてみればかなりの急勾配。仕方なく一つだけギアを落として、半クラでパワーバンドに繋ぎスピードを維持する。

 それから十数分後。山頂付近にある休憩所に着く。すぐにヘルメットを脱ぐと、湿気が一気に解放された。かなり高所にあるため、かなり気温を涼しく、程よい風が吹いている。

「ここなら下よりマシだろ。ソフトクリームでも食べよう」

「ええ、そうね」

 それから全員でソフトクリームを食べ、バイク交換をした。

「私ギア付きは乗ったことなくて……」

「ならいい機会だな、バーディー変わってやれ」

 森中は自分のバーディー。

「私やっぱりクラッチ付きがいい」

「ウィリーすんなよ」

「しないわよ!」

 シュワちゃんがK50。

「マジか……」

「レッツはいいバイクですってば!」

 俺は、スクーターだ。

「いいじゃない、お似合いよ」

 レッツに跨ると、シュワちゃんがさっきの仕返しと言わんばかりに笑ってくる。

「俺赤に合わないから好きじゃないんだ」

「色ですか!?」

 森中のツッコミを食らいつつ、夕暮れを眺めながらゆっくりと帰った。

 インカムでくだらない話を喋りながら、ふとした瞬間に会話が途切れる。

 そして夕日に照らされ、走ってる三台のバイク。体を覆う風。この瞬間が「バイク乗り」である実感なんだ。走って、笑って、楽しむ。それが、バイク乗りなんだと、バイクという存在なんだと、思い返す。


 ライダー達は夕日を見るたび思い出す。この素晴らしさを。

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