熱帯夜の事件 その三

「イテテ……」


 尻餅をつき、ライトが飛んで行った。暗闇に目を凝らすと腹部に何か人影が見えた。すかさずシュワちゃんのライトで照らされた。


「すすす! す、すいません!」


 そこに居たのはロングヘヤーの隙間から涙目を覗かせる女子生徒だった。随分焦ってる様子で呂律が回っていない。それに俺を押し倒してる状態なのにも関わらず動こうとしない。


「あれ? 森中なんでこんな時間に」


 どうやらこの子とシュワちゃんは知り合いのようだった。


「き、木穂先輩! こここ、これは学校に本を忘れてて、その」


 どうやらこいつも中根と同じらしい。にしてもそろそろ避けて欲しい。彼女の立派な胸部が丁度な所に……。

 そして森中もそれに気がついたらしい。


「はえぇ! すす、しゅいません先輩!」


 噛んでるぞ森中。


「い、いやぁ、気にしなくてもいいんだ」


 顔を真っ赤にする彼女の前でシュワちゃんから視線が注がれる。これは出会った時以来の視線だ……。

 それにシュワちゃん、君は胸では負けてても高校生にして国家資格を持ってるんだ。そこだけは誇れる。

 そんなくだらない事を思ってるとスネに踵が飛んできた。


「ったぁ! おい金令、テメェ何すんだ……」


「何考えたか口に出せば謝ってあげる」


 こいつまさか俺の心を読んでる!?


「と……ところでシュワちゃんと森中はどうやって知り合ったんだ?」


 同級生にも友達という友達が少ないシュワちゃんに後輩がいることにかなり驚きがあった。


「一応森中もバイクに乗ってるから、それで偶然仲良くなって」


 まさか二人以外にもバイクに乗ってる奴がいたとは驚きだった。てかそれだとシュワちゃん勝てるところが……。


「ってぇぇ!」


 次はライトが後頭部に飛んできた。


「ご、ごめんって……」


 どうやらかなり拗ねてしまったようだ。


「森中はこのあとどこに行くんだ?」


「このまま帰ろうかと……」


「ああ、残念だけど鍵閉まっちゃったよ」


 告げられた事実に「へっ?」という情けない声を出して森中は固まった。


「仕方ないから私たちと一緒に出口を探しましょ」


「まあ、そういうことなんだ」


 そう言って再び廊下の奥へライトを向けた。

 とは言ってもこの学校に先生は残ってないし空いてる扉も無いだろう。最悪の場合は朝まで残るという選択肢もある。


「そういえば中根とカッキーはどこに言ったのかしら」


「知らね、どうせまた物音にびびって走り回って……」


 最後まで言い切らないうちに後ろから足音が聞こえた。すぐに振り向くと二つの影が叫びながら通り過ぎていった。


「……まあ予想通りだな、あいつらは置いて早く俺たちだけでも抜け出すか」


「そうしましょ」


「え? あの人たちは……」


 森中が困惑した顔でこちらを覗き込んでくる。


「あー、なんていうかその、夏の妖精とでも思っとけばいいよ」


「夏の妖精?」


 さらに困った様子だったか気にせず進み続けた。正直なところ月明かりも無い夜でかなり不気味だった。

 それから少し進むと外の非常階段へと繋がる扉が見えた。


「まあ唯一の望みかな」


 そんなことを言ってドアノブに手を掛けた。そしてゆっくりと回していくと途中でガッチリと止まってしまった。


「はあ、仕方ないか」


 シュワちゃんと二人でため息をつくと壁に手をついて窓の外を見る。むせ返るような蒸し暑さと気持ち悪いほどの暗闇。嫌でも気分が落ち込む。


「あ、あの……一ついいところが」


 森中が申し訳なさそうな声を上げこちらを見る。


「本当か!」


 思わず森中の肩を掴んで揺さぶった。


「え、えぇ、あのすいません……揺らさないで……」


「あっ、ごめん、つい」


「で、いいところって?」


 コホンと咳払いをして話し始める。


「体育館の倉庫の鍵なら偶然持ってるのでもしかしたらそこから出れるんじゃないかなって」


 そういえばあそこの扉は二重構造になって外に繋がっている。もしかすれば。


「なら早速行くぞ!」


 二人の手を掴むと体育館へ続く渡り廊下へと走り出した。そして渡り廊下の真ん中あたりまで来た時、また後ろから声が聞こえた。


「危ない! 避けてくっ」


 カッキーの声が間に合うことはなく、中根が猛スピードでシュワちゃんと森中さんに突っ込んで来る。さらに止まりきれなかったカッキーもぶち当たり、四人がまとめてこちらに向かってきた。

 廊下には鈍い音が響き、自分の上には二人の女子高生と二人の野郎が重なってるという謎な状況が出来上がった。


「グフッ、たっ、頼む……降りて……」


 中根とカッキーが崩れ落ちるとシュワちゃんが頭を抑えながら起き上がる。そして視点が定まってない森中を抱え上からずらしてくれた。


「ったく、二人とも何に怯えて……」


 転がったペンライトを拾って廊下の奥を照らした。二人は怯えた顔で見ないようにして、三人で目を凝らした。

 人影がある。一瞬先生かなとも考えたが明らかに人間とは違う特徴があった。そのシルエットの頭部からは突起が二本突き出し、目の位置で二つ、白く光るのが見えた。

 誰も叫ぶなんてことはしない。顔を真っ青にして体育館に走り出した。シュワちゃんが未だ目を覚まさない森中を抱え階段を駆け下りて倉庫の前まで来ると、床に寝せて頰を何度か軽く叩く。


「森中、起きて」


 もう大声なんて出ない。恐怖でそれどころではない。


「ん、うぅーん」


「鍵だ、早く鍵を」


「えっ、あっはい」


 よく状況がわからない様子で鍵を取り出すと乱雑に鍵穴へぶっこんで回し、さらに奥の鍵も開け、蹴り破る勢いで扉を開いた。


 外だ。


「森中も早くバイクに乗って、行くぞ」


 真っ先に自分のバイクまで走りキーを回してヘルメットを被りキックをした。

 後ろから森中のスクーターの音が近づき、隣からはシュワちゃんのエンジン音が聞こえる。しかし自分のバイクは何度キックを降ろせどかかる気配が全くしない。


「クソ! 二人とも走れ!」


 二人を先に行かせて自分も全力疾走をする。クラッチを握りギアを入れ、惰性の付いたところで飛び乗り、クラッチを離す。

 プラグに火が飛ぶ。エンジンは唸りを上げて荒々しく白煙を吹きながら二人の後を追いかけた。

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