放課後の狂騒 後半

 俺はいつも何か安くボロいバイクを直して、少し値段を上げてオークションで売ったりしている。そして最近、RS50を含めたかなりのバイクを売りさばいた。事故ってしまったバンバンの代わりのバイク、そしてあのDREAMに勝つためのバイクを仕上げるため。

 いつものように家の車庫を開けるとかなりスッキリしていた、そしてそこには二台のバイクが止まっている。

「ベンベ、『売られた勝負だ』とか言っときながらあなたが一番楽しんでいるんじゃない。新しいバイクも買っちゃって」

「まあな」

 ブーツにジーパン、そして革ジャンを羽織る。

「でも、お前もフルチューンした本気の走りができて嬉しいんじゃないか?」

「そうね、六速ミッションとビッグキャブがどれほどのものなのか、楽しみね」

 暗い蛍光灯に照らされたシュワちゃんの顔が少しだけニヤついた。

「ほら、ベンベのバイクも出しましょ」

「そうだな」

 内心、今までに無いほど高ぶっていた。そりゃ今までRS50やガンマとか、早いバイクで峠を攻めたことだってあった。でも、このバイクで本気の走りをできる。本当はなんでこんな本気になれるのかもわかってはいなかった、それでも本気で走ってみたかった。

 SUZUKI、コレダスポーツ。セパハンにしてロケットカウルも付けて、バックステップにもした。でも元はK50、ビジネスバイクだ、いくら外見を取り繕ってもチューンパーツなんてほとんど無い。

「本当にこのバイクで行くの?」

「いいんだ、これでいいんだ」

 もしバンバンがあってもあれは峠を攻めるバイクじゃない、RS50はもちろん早いがあれで勝ってもフェアとは言えない、KSだって同じだ。だからこのバイクなんだ。

 車庫から出された二台のバイクに夕日が当たった、ちょうどいい頃合いだ。そして急いで頂上まで登った。黄色かった夕日は紅く染まり始めていた。後もう少しすれば奴は出てくるはずだ。

「ベンベ、聞こえる?」

 耳につけたインカムからシュワちゃんの声が流れた。

「ああ、安物だけどバッチリ聞こえるぜ」

「安物で悪かったわね」

「冗談だよ、それじゃあ行くか」

 同時にキックを踏み降ろした、互いのエンジン音が誰もいない峠に響く。ギアを入れてクラッチを繋ぎ、道に出た。

 前と同じ三つ目のコーナーの手前、再びDREAM50が現れた。すぐにアクセルを開けた。ミラーを除くとシュワちゃんはまだ着いてきてる。

「来たぞ」

「わかってる」

 短くそう言って、風切り音が大きくなる。メーターの針は上がるが奴に食らいつくのが精一杯だ。コーナーが終わる頃、四つ目コーナーに向かってアクセルを全開にする。そこで少しだけテールを捉えたが少しずつ差を離される。コーナー手前でブレーキを全力で握る。ドラムブレーキではここがギリギリのラインだ。それでも奴は直前になってようやくブレーキランプが光った。

 コーナーのイン側を何かが通った。

(シュワちゃん、やるじゃねぇか)

 心の中で呟いて悔しさをアクセルへと伝える。シュワちゃんもここまでの走りをしているんだ。俺だってやってやる。

 このコーナーを抜けるとかなりタイトなコーナーが増える、ここで差を詰めなければ後が厳しい。最初のヘアピンカーブ。行くしかない。前より遅くブレーキを握る、スピードが落としきれないがすぐにギアを下げた。エンジンが唸りを上げスピードが落ちる。

 しかし、シュワちゃんも奴との差もなかなか縮まらない。それどころかシュワちゃんはさっきより速くなっている。

 短い直線ですぐに三速の限界がくる。アクセルを一瞬戻してギアを上げるとすぐに開ける。またコーナーが近づくとブレーキを目一杯握り、ギアを下げて無理やりスピードを叩き落とす。

 そんな事を狭い峠で続ける。足は痺れてグローブとヘルメットの中は汗で洪水状態だ。夕日は眩しさがなくなり、真っ赤な丸だけが木々の向こうに見える。一向に追い越せないこの勝負、諦めるわけにはいかない。どこかで勝負に出なければ。

 最後のヘアピンカーブを抜けた次のコーナー、絶妙に急なため普段はスピードを落とす、そして練習をしていた時もブレーキを握らなければ曲がりきれなかった。

 アクセルは戻さなかった、ブレーキも握らなかった、全開のままコーナーに突っ込んだ。タイヤが滑るか滑らないかのギリギリのライン、その不安さえも置き去りにして俺は突っ込んだ。

 夏の夕暮れと一台のバイクは俺の理性さえも吹き飛ばした。


 二台のブレーキランプとアフターファイアを後方へ置き去った、俺は抜けたんだ、このコーナーを。

 そうだよ、勝負はこれからだよ! もっと激しく行こうぜ!

 その後の緩やかなコーナーが続く道、誰もブレーキをかけるどころか、アクセルを緩める気配すら見せなかった。

 夕日は姿を消して、空も、そして風景すらも赤紫に染まっている。その中で三台の爆音が掻き鳴らす音楽。

 バックステップの振動、これ以上回らないアクセル、虫の液がついたカウル。

 この時はもうインカムも忘れていた、ただ地面がスローに見えるほど集中していた。

 もし今、少しでもアクセルを緩めれば越される、ギリギリの車間距離で全員がアクセル全開だった。

 緩いコーナーを抜けると最後に直角に近い急なコーナーがある。そこが最後だ。本当のギリギリまでブレーキを踏まない。

 もう少し、後もう少し!

 後ろでアフターファイアが響く、その瞬間ギアを二つ下げてブレーキをかけた。そしてコーナーの立ち上がり、ミラーに見えていた二つのライトのうち、一つが吸い込まれるように道の淵に落ちていった。

 すぐにブレーキをかけて止まった、そしてすぐ後ろにシュワちゃんも止まる。

「見たか!」

「ええ! はっきり見たわよ!」

 ヘルメットを脱いでバイクに乗せるとすぐに落ちた地点まで走った。そして二人で下を覗く。

「……なにか、見えるか?」

 シュワちゃんは何も答えなかった、確かにそこにいたはずのバイク、ついさっき落ちたばかりだ、エンジン音もライトの光も、何も見えなかった。


 二人でゆっくり帰ってる中、考えた。俺たちは本当に勝負したのか? あいつは本当に走っていたのか? まず存在したのか?

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