イタ車

 自分の車庫を整理して、数台バイクを売っていた時、とあるバイクが手に入った。

「なあシュワちゃん、アプリリアって知ってるか?」

「ええ、あのオーストラリアの」

「違う、それはKTMだ、それにオーストリアだ。イタリアの会社だぞ、イタリア」

「それがどうかしたの?」

 スマホを取り出して写真を見せた。

「これ、何かわかるか?」

 スマホの画面には、カウルが割れたりタンクに凹みがあるバイクが映し出される。しかし形は立派なレーサーレプリカを保っていた。

「RS50、しってる?」

 シュワちゃんの顔をみるみるうちに青ざめていった。

「そ、それって確か……」

「うん、中古でも二、三十万はする原付」

「何か悪い仕事にでも手を出したの?」

 顔が青ざめたまま真顔で聞いて来た。

「違うわ、偶然安く手に入っただけだよ、まあ軽く直したらエンジンはかかったけど」

 スマホをしまってシュワちゃんの方に向き直った。そして思わず笑みがこぼれる。

「なあ、ガンマもシリンダー変えて直っただろ、だから今度この二台でツーリング行こうぜ」

 世界最速の原付と、かつては日本の峠で走り回っていた原付。自称レーサーの彼女の心に火をつけないわけがなかった。


 そんなこんなで今は待ち合わせ時刻三十分前、なぜか既に二人は揃っている。

「まあ、早く着きすぎたし、ゆっくり行きますか」

「そうね」

 今日は数十キロ離れた町の湖にあるカフェが目的地。前に雰囲気のいいカフェがあると聞いて行きたかったところだ。

 町には二台の甲高い音が響き渡る。

 そして、走り始めてから数十分後、隣町に入るとどこからか爆音が聞こえ始めた。察しはついたが前には暴走族、と呼ばれる集団が見えた。改造マフラーのコールが共鳴している。

 後ろを走っていたシュワちゃんと顔を見合わせる。彼女はグッドサインを小さくした。

 前を向くと彼らの集団はすぐ目の前にいた。ヘルメットの中でニヤけるとアクセルを大きく開ける。マフラーから白煙が吹き出るのと同時に体が置いていかれた。その瞬間必至にバイクにしがみ付く。そして集団の間を掻き分けて進む。前に出るとさらにアクセルを開けて加速する。二台分の白煙は一体を包んだ。


 二時間ほど走り、ようやく目的地に着いた。ヘルメットを脱いだシュワちゃんの顔はかなりグッタリとした様子だ。

「どうした?」

「流石に、二時間飛ばしてると疲れるわね。あと袖引っ張ってくれる?」

 そう言って半分まで投げた革ツナギの袖を差し出してきた。

「まあ夏に革ツナギはひっつくからな、ワザワザそんなの着なくても」

「サーキットではそんなラフな格好しないのよ」

 脱ぎ終えた革ツナギを腰に結ぶと腕を組んでそう言った。

「それで、なに頼む?」

 メニューと睨めっこをしてる時にシュワちゃんが催促をする。

「むぅ、じゃあチョコケーキで」

「ベンベって結構甘いもの好きなの?」

「まあな」

 それに流石にあれだけの馬力があるバイクに乗っていると集中力を使う。この甘いものを食べる瞬間が至福のひと時だ。

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