バイク乗りとして
なんて事ない夕暮れ時、いつものようにバンバンで町を流していた。少し見通しが悪く、夕闇で視界が悪くなっていたカーブ。
スキール音とゴムの焦げる匂い、見えた風景は赤い夕焼けだった。
「ベンベ! 大丈夫!」
物凄い形相でシュワちゃんが病室に飛び込んで来た。息を切らしながらベッドに近づいてパイプ椅子に腰をかけた。
「ああ、なんとか生きてるよ、特に怪我もなくな」
「うぐっ」
シュワちゃん制服の袖で涙を拭う。そして腹に飛び込んで来た。
「よがっあぁ、生きでたぁ」
周りの目を気にせず泣きわめき始めた、何度も「生きててよかった」と繰り返しながら。十分は泣いていたと思う。
なんて事ないカーブだったんだ。俺はスピードもそこまで出していなかったが、カーブの先で車が見えた、明らかに自分の車線に入っていた。
出来る限りの事はしたつもりだ、だが止まることはできずそのまま車に突っ込み、俺は投げ飛ばされた。そう、俺は事故ったのだ。
泣き止んだ頃、佐々木さんとカッキー、そして中根君も揃い始めた。シュワちゃん程泣いていた奴は居なかったがみんな「よかった」「死んだかと思った」と口を揃えて言った。
そこから少し話して帰った時、シュワちゃんだけが残って居た。
そんな時、俺の中では一つの考えが渦巻いていた。バイクを降りるという決断だ。今回の事故はこちらに非はない、だが一歩間違えば死んでいたかもしれない。今まで転んだこともあった、でもそれは自分の責任だ。しかし今回は違う、実感させられたんだ。バイクという乗り物はいくら安全に考慮して乗ろうとも、理不尽に死は降り注ぐのだと。
「あなた、降りるの?」
見透かしたように言ってきた。俺は何も言い返せなかった。
「もし降りるならそれでも構わない、強制なんて誰にもできないから」
続けてこう言い続けた。
「でもこれだけは言わせて、前に「ベンベはなんでバイクに乗るの」って聞いた時あなたはなんて言ったか覚えてる?」
あの温泉の時のことだ、はっきりと鮮明に覚えている。でも、今の俺には言えなかった。
「わからない、でも乗ってると嫌なことも全部忘れられるから。そう言ったわよね。その時のベンベは心から楽しんでいた。でも降りようとしてるあなたは、すごく惨めよ、だからこの質問に答えて欲しいの、もうバイクは降りるの? それともこれからも乗り続けるの? 無理に今じゃなくていい、教えてね」
そっとパイプ椅子から立ち上がり最後にこう言い放った。
「それと、これは十割私情かもしれないけど……バイクという共通点を持つ友人として、ベンベと出会ってから毎日が楽しかった。だから降りないで……」
町の喧騒に消え入りそうな声で言い終えた後、廊下の奥へ消えていった。
ほとんど外傷も無く、検査も終えた為次の日には退院ができた。それでも心のわだかまりは解けなかった。シュワちゃんの言葉で心の奥底で燻っていた感情が徐々に大きくなっていく。
バイクを降りた自分、生きたいは意味はあるか? 今となってはバイクはただ嫌なことを忘れられるストレス発散するだけのものではない。
毎日をより楽しく過ごす、俺の人生を価値あるものにする為の、生きる意味なんだ! 俺はこれからも楽しく生きたい! 今すぐに答えを出しに行ってやろう。
早朝、ヘルメット被りバーディーに飛び乗る。アクセル全開で向かったのは初めてツーリングを約束した峠だった。
「やっぱり来てくれた」
GAG、シュワンツのヘルメットと革ツナギ。金令木穂、シュワちゃんだ。
数メートル離れたところに止めてヘルメット無造作脱ぐ。
「これが俺の答えだ、降りるなんてことはできない、別にシュワちゃんの為じゃない。俺が俺らしく生きるために、乗り続けようと思う」
シュワちゃん。いや、木穂は涙を必死に堪え、満面の笑みを見せた。潤んだ目を朝焼けが照らし始めた、日の出だ。
「そういうと思ったわ」
俺の名前を叫んだ、そして走り出して胸に飛び込んで抱きついてきた。
「あなたはバカね! こんな危ない乗り物に乗り続けるなんて!」
「お前もだろう! わざわざ引き止めやがって!」
どれだけ言い合ったかわからない、でも腹がよじれるほど笑ったのは事実だ。
木穂はもうただのバイク友達ではない、シュワンツオタクで、どうしようもなくバイクが好きな大バカ野郎で、俺の人生大きく影響を与えてくれた、『親友』の一人だ。
長い人生でまたバイクを降りる時が来るかもしれない、それでも……
明日も同じく走り続ける自分でありますように。
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