経験

 七月中旬。ようやくバンバンが直り、いつものように気持ちよく町を流していた。そんな時後ろから爆音が近づいて来た。そう、あいつだ。

 隣ついたと思ったらこちらを見てアクセルを少し吹かしてきた。こいつは相変わらず好きだな。

 信号が赤から青に変わった瞬間、クラッチを一気に繋ぎフロントが上がった。すぐにグリップを取り戻しさらにアクセルを捻る。

 しかし、馬力の差に勝てるわけもなくガンマのテールは遥か遠くへ行ってしまった。


「おかえり、ベンベ」

 あれから一時間近く追いかけっこをした、久しぶりにバイクで体力を使った気がする。

「何でお前が俺の家にいるんだ」

 汗を垂れ流しながら問い詰める。

「遅いから家で待っててあげようと思って」

 いつものクールフェイスでそう言った。それが俺の闘争心に火をつける。おもむろにKSを取り出しエンジンを掛けた。

「五秒だけ待ってやる、峠を回るまでに追いつかれたら奢りな」

 さっきまでのクールフェイスはどこかに飛んでったようで、マフラーから吹き出る白煙の様に、顔面蒼白になりながら遠くへ走り去った。そろそろ五秒が立つ。

「待ってろよ」

 家の前にある砂利を巻き上げ追いかけ始めた。もちろんメーターが振り切るまで全開にして。


「明日購買で弁当な」

 峠を下る事なく追いついた。実にあっけない。涙目でこちら見上げている。

「まっ、安全運転でな」


 こんな休日を過ごし、忌々しい月曜日の早朝。俺の睡眠を邪魔したのは一本の電話だった。

「はいもしもし」

 こんな早朝に誰だよという怒りを抑え、少しイラつきながら電話に出る。

「転んだ……」

 シュワちゃんの声だ。

「どこだ!」

 眠気が飛んでった。いつもの峠らしい。

 すぐにバンバンに飛び乗り現場に向かった。そこには道端に座り込んでるシュワちゃんがいた。

「大丈夫か!」

 すぐに降りて近づく。どうやら怪我はないようだ。

「ごめん」

 カーブの先にあった草むらにはガンマが落ちていた。

「とりあえず怪我はないか、立てるか」

 手を差し伸べた時、ずっと堪えてただあろう涙がまるで滝の様に溢れ始める。

「大丈夫か?話は後で聞くから、とりあえず戻ろう」

 なんとか慰め、バンバンの後ろに乗せる。そして自分の家に向かった。ガンマは後で取りに来よう。


 家で話を聞く。スピードを出しすぎてスリップしたらしい。

「ごめん」

 彼女は涙を流しながら何度も誤った。

「怪我だけはなくてよかったよ、でもこれだけは気をつけてくれ」

 そう言い話を続けた。

 バイクに乗る上でリスクというものは避けられない。スピードを出せば尚のこと。それほどバイクというのは危ない乗り物なんだ。でも反対に転んで成長する乗り物でもある。ハイリスクだが学ぶものは大きい。

 今回は死なずに済んだがもしかしたら死んでたかもしれない。それだけはわかってて欲しい。

 それが彼女より一足先に経験を積んだ者が言える、唯一のことだった。


 その日、シュワちゃんは休んだ。まあ無理もないだろう。

 放課後になりバーディーにトレーラーを取り付け、そして峠に向かった。

「随分と派手に転けたな」

 そう呟いて草むらの中からガンマを見つける。力ずくでナメクジの如くゆっくり、ゆっくり引っ張り出した。

 運が良かったのかライダーと同じく損傷は少なかった。ステップが曲がりカウルにヒビが入っていたが直せる範囲だ。

 トレーラーの荷台に乗せてロープで固定する。それからゆっくりと峠を下った。

 転倒はバイクに乗っていれば必ず経験するものだし、避けられないものだ。だからこそライダーは成長する。死ななかったのは運が良かったのかだけ、肝に銘じておくべきだ。彼女も、そして自分も。

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