過去の話
時は去年まで遡る、まだ俺とシュワちゃんが出会う前の話だ。
そして、俺がバイクという乗り物、ライダーである自分を考え直すきっかけになった話だ。
その時、俺は内心荒れていた。色々ストレスが溜まっていたのだろう。毎日スピードを出すことだけに全力を尽くしていた。
ガンマ50は俺の最初のバイクでもあり、俺の欲望通り走ってくれた。
しかし、荒れた精神状態でなおかつ、常にスピードを出し続ける状態で無事でいられるわけがなかった。
夏も半ばに差し掛かった雨の夜、遂にスリップした。雨の日にスピードを出しすぎた馬鹿な転び方だ。
草むらに滑り込み、粘土状になった地面と草がクッションになり助けられた。ほとんど無傷で立ち上がりはバイクに向かった。
割れたミラーの破片には泥まみれになった自分の姿があった。そして目の前にはぬかるみに勢いよく突っ込み半分以上が泥に埋まったガンマがあった。
何度も足を取られ転びながらガンマを引っ張り出した。傷だらけになったヘルメットを脱ぎ捨て、その場にへたり込んだ。
その時に気が付いた。俺はバイクが好きだ、でもたかがスピードごときでしか乗ることのできない軟弱者だと。乗る資格なんてないと
そのまま車体を置いて家に帰った。そして翌朝、気づけば昨日捨てたはずなガンマの前に立っていた。泥が乾きこびり付いていた。
引き起こし家まで押して帰った。そしてその日から修理を始めた。
そしてついに直った、その日のうちに乗ろうと思ったが転んだ時のことを思い出した。
俺はガンマをそのまま車庫の奥に入れた。きっと乗ればまたスピードに取り憑かれるだろう。
だが次の年にボロボロのバンバンを見つけてしまった、気がつけば直し始めていた。
なあ、バンバンよ。お前はきっとゆっくり走ってくれるだろう。
バイク人生二年目、スローライフ楽しむと決めたはずだ。
でもそんな時にあいつと出会ってしまった。つい必死になり全力で走ってしまった。実はあの時、ヘルメットの中でもう降りようかと考えてもいた。
でも一人の頃より楽しかった。きっと彼女となら大丈夫なはず、そう思ったんだ。
「本当にいいの?」
「うん、俺はもう乗らないから」
ガンマを手放すということは俺の中でのけじめだった。
「それに俺はバンバンでいいんだよ、あのバイクがいいんだ」
「そう」
シュワちゃんはそれ以上問おうとはしなかった。それでいいんだ、いつかこの話をできる日が来たら話せばいいんだ。
「もう日が沈むな」
「うん」
夕陽くっきりと輪郭を残し、半分は地平線の向こうだった。
その日の晩だった。俺は夕飯を買った後、車庫に引きこもった。そしてガンマと格闘した。
キャブ清掃にオイル交換、ガソリンとオイルの補充。その他整備。
そして勢いよくキックを踏み降ろした。エンジンは唸りを上げ夜空に響き渡った。
向かう先は一年前のあの場所。スピードメーターは九十手前を指す。そしてついにあのコーナーだ。
あの光景が脳裏に蘇るがすぐにエンジン音でかき消された。次の瞬間にはコーナーを駆け抜けた後だった。
Uターンをしてコーナーに戻る。そして転んだ場所には、捨てたヘルメットがまだ埋まっている。
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