憧れのバイク
普段はもっぱらバイク三昧の俺だが、一応は普通の高校生だ。休日は友達と遊ぶこともあるし、家で夜遅くまでゲームすることだってある。
そして今日もそんな放課後を過ごしていた。
「はい、終了」
中根君の声が癪に触る。オセロ四戦目、未だ勝てず。
「お前、ほんと雑魚だな」
カッキーがバカにしたような笑いをする。七並べ十戦目、十敗目。
「あなた、絶望的にゲーム下手ね」
佐々木さんが呆れる。ババ抜き六戦目、全敗。
「ベンベ……」
言葉も出ないシュワちゃん。あっち向いてホイ、全敗。
「流石に弱いって……」
自分でそう呟き、思わず頭を抱え込む。あっち向いてホイなんて運ゲーだぞ。
「っておい、もうこんな時間だぞ」
カッキーが見せてきたスマホの画面には六時と映し出されていた。
「そろそろ帰りましょ」
「そうだね」
佐々木さんと中根君が帰り支度を始めた。
「マジで、じゃあ俺も帰るわ」
それに便乗しカッキーも帰るようだ。
「じゃあ今日は解散だな」
「うん」
教室からぞろぞろと出て玄関に向かった。
「私迎えに来てるから、また明日」
「おう、バイバイ」
車に乗り込む佐々木さんを見送る。カッキーと中根とは家が反対方向だからここでお別れだ。
「んじゃまた明日」
「おう」
二人の背中を見送りシュワちゃんと駐輪場に向かう。
「それじゃあ俺たちも帰りますか」
「うん」
自転車に跨りペダルを漕ぎだす。周りは少し赤く染まり始めた頃だった。
もちろん帰り道はバイクの話題だ。
「そういえばバンバン直ったの?」
「いや、もう少しかかりそう」
「じゃあまだバーディーに乗る?」
「あれ親のだから別のバイク引っ張り出して来たよ」
「ほんとに」
新しいバイクが出て来た瞬間、目が太陽の如く煌めいた。興味津々のご様子だ。
「前にカワサキのKS1が安く売ってたのを買ったから少しの間そっちにするよ」
「KS1?KSRじゃなくて?」
「知らない?KSRより前に出てた似たようなの」
まあ知らないのも無理はないだろう、それにヤマハのTDRに人気を奪われてすぐに消えたバイクだから。
「まあエンジンはKSRの水冷に変えてあるけどね。リミッターカットしてるし乗ってみる?」
「うん」
「んじゃ家まで行くぞ」
「えっ」
まさか今すぐにだとは思わなかったのだろう。だが善は急げという、乗れるうちに乗らせとかないと。
少し急いで家まで帰りKSのエンジンを掛ける。
「後ろからついてくから、乗ってみて」
「で、でも制服だし」
「大丈夫、この辺先生もあんまり通らないから、ほらヘルメット」
自分のヘルメットを押し付ける。
「リターンミッションで六速まであるから、あと一気にアクセル捻ったら簡単にフロント上がるから気をつけてね、それと」
シュワちゃんの話など聞く気は全く無い。ひたすら説明を重ねる。
「んじゃ、乗ってみよう」
「う、うん」
かなり緊張してるようだ、まあ人のバイクだし無理もないだろう。それに恐らく初めての2サイクルエンジンだ。さぞ加速に驚くことだろう。
ゆっくり跨りシールドを下ろした。そして少しぎこちないがなんとか走り出したようだ。
それに続き、自分も後ろについた。
「今何速!」
横に着いて叫ぶと。彼女は首を横に振った。まあ六速もあればわからなくもなるだろう。
左手でもう少しアクセルを捻ろ、と合図をする。
次の瞬間、マフラーから白煙が吹き出しエンジンが唸りを上げた。すぐにシフトアップの音がする。
勿論自分のバーディーなんかじゃ追いつけるわけもなく遥か彼方まで走り去ってしまった。これが本当の雲隠れか。
少ししてシュワちゃんはすごい勢いで引き返して来た。
「どうだった?初めての2サイクルは」
ヘルメットを脱ぐと汗だくになっていた。
「すごく、楽しい」
「だろ、また今度乗る?」
「う、うん」
「じゃあ、ちょうど良かった」
車庫の中からチョイノリやアドレスを避けて、その奥にあるバイクを引っ張り出した。
「ねぇ、これって」
埃を被り、所々錆びているバイクだ。
「ガンマ50、去年まで俺が乗ってたヤツ」
また目を輝かせている。
「どうして乗ってないの」
「それはまた今度」
人にはいえない理由の一つや二つ、あるもんなんだよ。
「去年まではエンジン掛かってたから少しオーバーホールしたら直るよ、いる?」
それは俺にとってかなり重大な決断だった。シュワちゃんがガンマを乗ることに抵抗は無い、きっと彼女なら楽しく乗れるはずだ。でもあのガンマを自分から手放すということに抵抗があった。
それを語ると随分長い話になる。
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