はじめてのつーりんぐ

 正直言おう、少しだけ後悔した。深夜のテンションが少し残っていたのかツーリングに誘っていた。

 そして彼女を負かせてしまった。

 でもいい機会ではある。同じバイク仲間として話したいことはたくさんある。

「お待たせ」

 せっかく私服が似合ってたのにいつも通りの革ツナギに戻っていた。

「随分待ったぞ」

「予定時間の三十分前なのに」

 彼女はムスッとした顔を浮かべた。たしかに集合時間は朝の八時、そして現在七時半。随分早く来すぎてしまったようだ。

「ねぇベンベ」

「どうした?」

「バイク、変えたの?」

 そう言えばそうだった。今日はいつものバンバンではないのだった。

「いや、バンバンがお漏らししちゃったから台車」

 お漏らしというのはいわゆるオイル漏れだ。そして代車は家にあったスズキのバーディーだ。

「そう」

 彼女も何があったか、わかったようだ。

「カブもどき」

 トラックが通り過ぎるとき、小さくそう呟いた。俺は聞き逃さなかった。

「次言ったら置いてくからな」

 それを本気にしてしまったようで彼女はうっすら目に涙を浮かばせ、オロオロし始めた。

「冗談だよ」

 そう笑って安心した彼女がエンジンをかける前にセルを押して置いて行った。

 勿論フル加速、アクセル全開、前傾姿勢で遥か後方へと。


 少し行った信号で止まっているとようやく追いついたようだ。焦った様子を見て思わず爆笑してしまった。腹を抱えてゲラゲラと笑っていると、シュワちゃんはスタンドを掛けてこちらに向かって来た。

 そして、何をするかと思えば勝手にシールド開けた。困惑してる俺の顔面に右ストレートが入った。

 シュワちゃんよ。流石にガッチガチのレースグローブで本気パンチは痛いな。

 その後は道の駅でソフトクリームを奢ったのは想像に難くないだろう。勿論その後の機嫌が良くなったことも。ソフトクリーム一本で機嫌が治る簡単な女だ。

 しかし、今日の目的は殴られることでもソフトクリームで機嫌を直すことでもない。

 そう、マニアの中では有名だが世に知られていない秘境の温泉があるのだ。それが目的だ。

 別に行くまでは問題ではなかった。無事、俺の顔面以外はなんともなく普通にたどり着くことができた。問題は露天風呂だった。

 タオル持ち込みOKという張り紙で珍しいとは思ったが、まさかの混浴だったのだ。これじゃあまるで俺が知ってて誘ったみたいじゃないか。

 まあ気づかないふりをして露天風呂に行った。シュワちゃんが来る前に上がればいいのだ。なんせ今日は運良く貸切状態だったから。

 しかしその考えが甘かった。絶景を楽しんでいたらゆっくりし過ぎた。引き戸の音がしたと思った時にはもう遅い。振り返ると案の定タオル一枚のシュワちゃんが居た。

 国語の先生に聞けばこういう時どういうことを言えばいいか教えてくれるだろうか。

 そんなことを考えていると彼女はなんの躊躇もなく浴槽に入った。

「丁度いい湯加減だな」

「うん」

 元々シュワちゃんは無口な奴だ。まあ俺がおしゃべりというのもあるがいつもは気にならなかった。だが今だけは何か喋ってくれ。

 そうだ、まあ聞きそびれたことを書きたかったんだ。

「なあ、シュワちゃん」

「なに」

 あえて目は合わせないで、二人とも目の前に広がる大自然を眺める。

「なんでバイクに乗ろうと思ったの」

 十数秒程度の間が数十分にも感じた。

「中学校の頃、偶然昔のレースを見たから」

 続けてこう言った。

「特技も趣味も何もなかった時に必死に走る姿を見てなんとなくなりたいと思った、それだけ」

「そうか」

「くだらない?」

 こちらの方を向き見上げてくる。

「いや、十分だよ」

「ベンベはなんで乗ってるの」

 少し考えた、初めてバイクに乗ってから自分が一番知りたいことだからだ。

「よくわかんない」

 本当にわからない、でも。

「バイクに乗ってると嫌なことも全部忘れれるからかな」

「これからもバイクに乗るの」

「少なくとも生きてるうちはな」

 明日も明後日も来年も、きっと俺はいつまでたっても何も出来ないままの俺なんだろう。でもバイクを乗っている俺でありたい、そういう願いだ。

「シュワちゃんは?」

「降りる理由ならいくらでもある、でもそれじゃあつまらないし乗る理由が一つでもあるから」

「そうか」

 それからもう少し話した。一通り話し終えたところで風呂から上がろうとしたが出来ない方に気づいた。

 タオル持って来てない。これはかなりやばい、下手に今出てしまうと、俺の単気筒がモロ露出になってしまう。

 シュワちゃん、早く先に上がってくれ。俺はのぼせそうなんだ。

 そう思い、横を向く。シュワちゃんものぼせそうだった。限界がきてるじゃないか、早く上がるんだ。

 そんな時に気づいてしまった。彼女が上がらない理由に。タオルを巻いてるとはいえ濡れると肌に密着する。そして彼女は小さいなりにも出るところは出てる。小さいけど。それでも見られるのは恥ずかしいだろう。小さいけど。

 どうしても俺が先に上がるしか無さそうだ。ゆっくりと後ろに下がる、彼女にはもう少し絶景を眺めといてもらおう。

 そして浴槽から出て、そこからは急いで建物の中に逃げ込んだ。

 実に危なかった。すぐに着替えて牛乳でも飲もうと思い体を拭いていると扉が開いた。

 そこにはなぜかシュワちゃんがいた。勿論俺はまだパンツなどは履いてない。

 彼女の顔がみるみる赤くなるのがわかった、そして俺の顔は血の気が引けた。勢いよく扉は閉まり視界から消えた。

「ごめん。間違った」

 俺の単気筒が見られてしまった。泣きたい。

 なんとか着替えて牛乳を飲みながら待っていた。

「お待たせ」

 シュワちゃんよ、お前はそれでもポーカーフェイスのつもりかよ。明らかに気まずそうな顔をするな。

「今度、また来よう」

 少し笑顔を浮かべた。その笑顔で何となく、まあいっか、と思ってしまう。

「そうだな、また来よう」

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