夏祭り前夜
俺はいつものように部室で寝ていた。すると何処からともなく聞き覚えのある声が聞こえる。
「おいベンベ!」
「なんかあったか」
いつものこと、そう、今日はカッキーだ。そして珍しく中根君が横にいない。
「おい!明日はお祭りだぞ!」
なぜこいつはキレ気味なんだ。
「そうだね、キャブレターだね、エビバディパッション」
堪えきれなかったカッキーが吹き出し唾が顔にぶっかかった。少しふざけただけでなんだこの仕打ち。
「彼女だよ!彼女!」
「そういえば言ってたもんな」
前のお泊まりの時言ってたことはどうやら本気らしい。まあ、エロ本で盛り上がってる高校生に春は来ないだろうが。
「で、できたのか?」
「出来てないからここにいるんだろうがよ!」
だからなんでお前は半ギレなんだ。
「中根君は?」
「あいつは彼女と行くんだってよ!」
「嘘だろ!?」
なんだその情報、今初めて知ったぞ中根。お好み焼きの具材にしてお祭りで販売してやろうか。
「かと言って俺とお前二人で行くのもなぁ」
「そんなむさ苦しいのこっちからも断るよ」
まさに四面楚歌、行っても地獄、行かずとも地獄。さあどうする非リア達よ。
「そうだ、佐々木さんとシュワちゃん誘えばいいんだよ」
「その手があった!」
冗談で言ったつもりだったんだがな、まさか本気にされてしまった。
まあシュワちゃんとはお祭りに来るオートバイサーカスを行く約束をしてたからいいとして、問題は佐々木さんだ。
何が悲しくて俺たちと歩かなければいけないのか。まあ中学以来の仲だ、なんの躊躇もなく誘うんだが。
「なあ佐々木さん」
「なぁに?ベンベから話しかけてくるなんて珍しいわね」
カッキーといい佐々木さんといいなぜみんなして俺をベンベと呼ぶのだろうか。最近本名を言われてない気がする。
「暇だったらお祭り行かない?シュワちゃんとカッキーも来るけど」
正直全く期待してなかった、普通そうだろう。
「いいわよ」
「そうだよな、無理だ、え?」
耳を疑う。
「だから言ってもいいよって」
「マジで?」
「?」
佐々木さんが困惑してるがしたいのはこっちの方だ、他に行く人はいないのか。いや、居るだろうに、だって生徒会の佐々木さんだぞ?
「あ、ありがとうございます」
「なぜ敬語?」
「じゃ、当日六時くらいに集合な」
「うん」
その場を後にしてカッキーのいる部室までトボトボ歩く。
「佐々木さん行けるって」
「じゃあつまり?」
「俺とお前とシュワちゃんと佐々木さんの四人で行けることが確定したわけだ」
その時のカッキーの顔はリアルに、開いた口が塞がっていなかった。
そして、待ちに待ったお祭りがやって来たわけだが、少し問題があった。それはお祭り前の放課後まで遡る。
「お前、なんか隠してることがあるだろ」
威圧的な態度で問い詰めて来るのは学校で一番嫌われてる教師であろう、吉川だ。
「なんのことですか?」
おそらくバイクのことだろう、一応校則では禁止されているが、積み上げて来た信頼と隠し通して来た結果ほぼ黙認状態だった。
「前原付に跨ったお前をみたんだよ」
嫌味ったらしくこちらを見て来る。ここで少しでも怯むとそこに漬け込むことは知っている。
「それが俺だとしたら、どういう格好をしてましたか?」
「ジーパンにシャツ、あと顔全部隠れるヘルメット被ってるだろ」
実質、今の発言で俺の勝利が確定した。
「フルフェイスヘルメットなのに俺だってわかったんですね、顔見えないのに」
ここでさらに畳み掛ける。まあ服装や体型で大体俺だとわかったんだろう。
「もし本当に俺だとしても写真とか証拠もない状態でよく呼び出しましたね」
「なんだと」
この教師にマウントを取るのは難しいが、この分野になれば行ける。
「その人が俺だって言い張りたいなら写真の一枚でも撮ったらどうです?」
「たかが原付が何言ってんだ?写真さえ撮れば認めるんだな?」
どんどん威圧的な態度が怒りに変わって来る。イラついてるのだろう。
「俺が乗っていればですけどね、試してみますか?」
少しこっちも腹が立ってしまった、ここで勝負に出ようと確信した。
そして今に至る。そして今日のバイクはシュワちゃんからガンマを借りた。そうさ、あえて目の前に出て逃げてやるんだ。
修理した直後で少し不安なところもあったが、気分が昂ぶってた俺にそんなこと気にする余裕も無かった。
学校の前を走るとちょうど吉川教員が出てきた。最初はゆっくりと前を走っていた。そしてブレーキレバーをほんの少し握り、ブレーキランプを光らせた。
あっちは気づいたようで目の前に割って入ろうとする。その時の二速下げてアクセルを捻った。
タコメーターの針は飛び上がり、それを追いかけるようにスピードメーターも上がってく。
付いて来いよ、まだ始まったばかりだぞ。そのコスパだけを考えて買った新車の軽自動車で、付いてこれるもんならな。
一瞬アクセルを戻しギアを一つずつ上げていく。車と原付、ほとんど勝てるところはないが、唯一自分の腕と、このガンマだからこそ勝てるところがある。
そう、峠に向かうことだ。下りなら絶対負けないという自信がある。しかし、峠は一度登らなくてはならない、そこでどれだけ差を詰められないようにするか。
つべこべ考えてても仕方がない、ハンドルを峠の方へ向ける。まずはこの街の中を出ることが先決だろう。信号に捕まったが最後だ。
さっきから信号を回避しているがいつ引っかかるか分からない、そんなこと思っていた時、目の前の信号が黄色に変わった。
後ろから近づくヘッドライト。ブレーキを踏んだ。ここで終わるか?
そんなことはない、吉川の車も減速したのに合わせアクセルを一気に開ける。フロントが少し浮きながら信号を越した、ミラーを見ると、しっかり信号に捕まっていた。
ガッツポーズを取り待ち合わせ場所近くにあるシュワちゃんの家に向かう。
足に違和感があった、嫌な予感がし見てみると緑色の液体がこびりついていた。オイル漏れだ。気づいた時にはオイルランプが光を灯していた。日が沈みかけ陰に隠れた俺を赤くてらした。
頼む、家までは持ってくれ!
心の中で叫ぶが現実は甘くなかった、さっきのツケだろうか。シュワちゃん家が目と鼻の先に来た時、リアがロックした。ついに焼き付いてしまった。すぐにクラッチを握り転倒は回避する。
そのままニュートラルに落とし惰性でシュワちゃんの家まで入ることができた。そろそろ六時だ。祭りに行こう。
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