クール?いや、物静かなだけです。
シュワちゃんこと金令木穂が転校してきて数日が経った。クラスに馴染めてるかといえば、微妙な所だ。
みんなからはクールキャラとして見られてるようだが、実際はただのコミュ障だ。
まあコミュ障と言うより話す話題が無いだけだろう。そりゃそうだ、彼女はただのバイクオタクだ。
それでも転校生という物珍しさ、そして謎に包まれた雰囲気。それが人を惹きつけるのだろうか。クラスで一番彼女と話せるだろう俺に数々クラスメートが相談しにくる。
「ねえ!」
ずいぶん聞き慣れたやかましい声が耳に飛び込む。中学からの友達である佐々木さんだ。
「なんだ、そんなに叫ばなくても聞こえてるぞ」
「金令さんってどんな人?」
目をキラキラさせながら机の前に立ちはだかる。
「普通のJKだよ。物静かで、ほら本読んでるようなさ」
俯きながら大きめの本を教室の隅で静かに読んでいるシュワちゃんを指を指す。人が近づくとすぐに隠すが俺は知っている、彼女が今月発売したスズキ特集の雑誌を熟読している事を。
「そんなはずはない!」
「なんでそんな事を言い切れるんだ?」
「あなたと一緒にいるような人が普通なわけないじゃない」
自信満々で言い切りやがったぞ、こいつ。俺の周りだってまともな奴はいるはずだ。
「おいおい、俺だって傷つくぜ」
「カッキーとかその相方とか」
「中根の事か?」
「少なくとも私が知ってる限りじゃまともな人はいないわ」
こいつは驚きだ、反論しようとしたが実に正論だ。忘れられてた中根君もカッキーなかなかトリッキーな事をする。それは今度話そう。
何より目の前にいるこいつもまたおかしい事が何よりの証拠だ、
「まあ普通じゃないからってどうなんだ?」
「気になるじゃない!」
「じゃあクラスを巻き込んで歓迎会でもすればいいんじゃね?」
この一言がいけなかったのかもしれない。それがこいつに火を付けた。
「いいアイデアね、それ!」
きっと俺はこの二年三組というかなり大きな規模を巻き込んだ事を始めさせたようだ。
悪いなシュワちゃん。
「今日クラスのグループで提案するからよろしく!」
そんなこんなで放課後の事だ。クラスのグループに一件のメッセージが届いた。
勿論歓迎会のお知らせだ。不運か幸運か、見事にクラスの大多数が参加できるようだ。
土曜日の午後から近くの海でバーベキューをするらしい。
「で、なんでわざわざ一緒に行くんだ?」
また玄関に行く途中に引き止められた。
「レーサーにとって独走はつまらないから」
本人も何を言ってるかわかっていないだろう。多分本当は一人でバイクで行くのが恥ずかしいだけだ。
「ふーん」
「なに?」
「いやなんでもないよ、じゃあ当日一緒に行くか」
顔が一気に笑顔に染まる。
「でも革ツナギは着てくるなよ」
「えっ」
次は一気に表情が曇って行く。
「海に行くんだから当たり前だろ、せめてジーパンにしろよ」
そんな事を言って例の如く玄関に向かった。
そして当日。待ち合わせは町の外れ。そこから少し走ったところに海水浴場がある。
バックには水着とゴーグル。土曜日の正午。シュワちゃんの姿が見えた。
「流石に革ツナギでは来なかったな」
チノパンにウィンドブレーカーという普通の格好だった。唯一グローブだけがシュワちゃん感を漂わせる。
「当たり前」
小さくそれだけを呟いた。なかなか目を合わせてくれないのは気のせいだろうが。
「私服も似合ってるぞ」
「えっ」
「早く行かないと肉焼いてるぞ」
何か喋ろうとしたがそれを遮りエンジンを掛ける。
走り出すと急いでヘルメットを被っているのが見えた。夏の風が袖を捲りさらけ出してる腕に当たり、心が清々しくなるのがわかった。
すぐにGAGの姿が近づいて来た。バイクなら海はすぐだろう。
「もう焼いてるよ、早く来な」
肉を焼いてるカッキーの後ろにいた中根君がヘルメットを脱いだ俺たちに呼びかける。
「ちょうどよかった」
こちらに何人ものクラスメートが走って来た。勿論俺ではなくシュワちゃんが目当てだ。
そのあとは質問攻めだ。その中から顔で助けを求めるのが見えた。
「おいみんな、そろそろ肉焼けるんじゃないか?」
「ほら、焼けたぞ食え」
カッキーが焼けた肉を様に寄せ中根君がひたすら小皿に盛り付ける。お前は合コンでひたすらサラダを分ける必死な女か」
「ありがとう、ほらシュワちゃんも食うぞ」
それからみんなで肉を食って握り飯を食ってのひたすら食べまくった。
「おーい!こっち来いよ!」
少し泳いだところにある岩の上から友達が叫ぶのが見えた。水着に着替え、ゴーグルを掛け海に飛び込む。
「待ってろ!今行ってやる!」
水飛沫を上げ全力で泳ぐ。すぐに岩に飛びつきよじ登った。
上では横になってる友達がいた、ただのクラスメートだ。
「よう、みんな元気だな」
「お前も十分元気だよ、わざわざここまで呼びやがって」
いつもクラスの中心にいるような彼が少し困った顔をしていた。
「どうしたそんな顔して、なんかあったか」
「いや、木穂ちゃんのことだよ」
「なんだ?好きなのか?」
「アホか、俺は彼女いるよ」
知ってるさ、少し煽ってみたかっただけだ。
「まだみんなに心開いてないのかなって」
そうか、他の人にはそう見えてるのか。思わず少しだけ笑ってしまった。
「なんで笑うんだよ」
「いや、なんでもないよ」
汗を拭うフリをして顔を直す。
「シュワちゃ、いや、木穂はただシャイなだけだよ。気にしなくてもその内仲良くなれるさ」
出会ってまだ少し、でも分かる。同じバイク乗りとして、そして一緒に走ったことがある者として。
まだわからないことだって多いがそれはこれからわかって行くことだ。
「まっ、遊ぼうぜ、せっかく歓迎会だしな」
そう言って飛び込む。差し込む光が水中の泡に反射して目に入る。
「ほら!シュワちゃんも来いよ!気持ちいぞ!」
そう叫ぶと周りの女子達がシュワちゃんの手を引っ張り海に引きずり込む。まるで悪霊か何かのようだ。
そんなこんなですぐに時間は過ぎて7時少し過ぎ。日が暮れて暗くなり始めた。もう解散かと最初はめんどくさかったが少し寂しくなった。
「あとで泊まりに来いよ」
カッキーが帰り際に耳元で呟いた。
「木穂ちゃんも呼んでね」
それに続き中根君も呟いて通り過ぎる。
「んじゃまたな!」
カッキー達は自転車に跨り手を振りながら暗闇に消えていった。
カッキーの家にはよく泊まるがシュワちゃんも誘うとは何かあるな。
「んじゃ俺たちも帰るか」
「うん」
疲れた顔をしてそう言った。
「楽しかったか?」
ゆっくりとこちらを見上げる。夕陽に照らされ二台のバイクが紅に染まっていた。
「うん」
さっきとは違い少し元気な声になった気がした。
「そうか、ならよかった」
帰る頃には日が完全に沈み星が出ていた。そして少し走りハンドサインで止まろうと合図した。
バイクから降りてヘルメットを脱ぐ。
「どうかしたの」
「なあ、カッキーってわかるか?今日ずっと肉を焼いてた」
「うん、あのメガネ君と一緒にいる」
「中根君な」
相変わらず名前を覚えてもらえない奴だな、中根よ。
「それで今日そいつに泊まりに来てって言われてるんだけど来てみるか?」
「えっ」
不安そうな声が口からはみ出る。そりゃそうだ、男3人に泊まりに来いと言われてるんだ。普通の反応だろう。
「面白そうだから、行く」
そうだった、こいつは普通じゃなかったことを忘れてた。まあ誰かが手を出そうとしたら俺が止めよう。
「でもあの本みたいなことはやめてね」
「俺がか?」
「うん」
急いでヘルメットを被る。
「早く忘れてくれ」
ヘルメットの中では思わず涙が出る。まさか俺が一番疑われてたとはな。
そのあとは何も言わずカッキーの家へと向かった。
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