速く走るのがお好きでしょ?

 男子高校生が家に帰ってすることと言えば勿論あれだ。

 そうバイクの整備だ。

「回れ!」

 いつもの如く汗をボタボタと垂れ流しながらボルトを回す。

 今日は新しいパーツを付けた。風防だ。風も当たりにくくなりきっと楽になるだろう。

 付け後は勿論試走だ。近くの峠まで行きメーターの針が40弱を指しながら流していた。

 その時だった。突然後ろから唸りを上げたエンジン音が聞こえた。ミラーにはシュワちゃんのシュワンツレプリカが走っていた。

 横を掠めながら抜こうとした瞬間。ギアを一つ落としアクセルを捻った。溜め込まれたパワーが一気に解放されすぐに4速に上げる。

 メーターは一気に60まで上がった。あちらも同じくらいなのか50cm程度を保ちながら縦に並ぶ。

 かなりの角度のコーナーが見えた。それでも出てるスピードはやはり60を少し超えたあたり。スピードを緩める必要もなく少し角度を深くして曲がる。

 シュワちゃんは上体を起こしたまま尻を右にずらしかなり膝を出してコーナーを攻めた。ヘルメットの中で思わず吹いてしまう。

 自称レーサーなだけはある。次のコーナーではアクセルを少し戻しかなりのバンク角で攻める。その時は勿論自分も尻をずらし膝を出した。

 ミラー越しのスモークシールドの中で彼女が困惑してるのが手に取るようにわかる。コーナーの立ち上がりで2サイクルエンジン特有の加速を生かし一気に抜かす。

 後からスピードを伸ばす彼女がまた後ろに着く。

 後ろを見ながら手を振る。そして手で銃を作り撃つ。その後は山頂までそんな調子で先頭を突っ走って来た。

 駐車場でヘルメットを脱ぐとミラーにニヤケた自分の顔が映る。そしてシュワちゃんも横に止りヘルメットを脱ぐ。

 悔しげな表情が拝めるかとさぞ期待していたが、涙ぐんだ目でこちらを睨む彼女の顔があった。

「キリンは泣かないぞ」

 そう言ってヘルメットを被る。

「レーサーだからキリンじゃない」

 冷静を装っても悔しいのは見え見えだ。

「下りも行くかい?」

 顔が明るくなったのがわかる。クールなキャラを演じているが、感情が簡単にわかってしまう。見てるだけでも本当に面白い。

「早くヘルメットを被れ、いくぞ」

 急かすと急いでヘルメットを被ってエンジンを掛ける。それに合わせてシールドを下ろす。

 そこで楽しんでる自分に気づいた。バイク友達が他に居らず、一人で走り続けて来た。でも今は自称レーサーのかなりおかしい奴だが一緒に走る仲間がいる。

 そうか、人と走るのはこんなにも楽しいのかと。シュワちゃんを先に行かせてすぐ後ろを付く。

 目の前に見えるテールランプが一瞬光る。それに合わせ自分もブレーキを踏んだが差が少し離れた。

 ブレーキの遊びの部分だけを握りテールランプを光らせたんだ。これは一本取られたと思い再加速を加え再び追いつく。

 そんなことを繰り返しながら峠を抜けた。40そこそこまでスピードを落として横に並ぶ。それからシールドを開いて笑ってみせた。

 そして横に拳を突き出す。

 何を求めてるかは彼女も分かったようでクラッチを握って同じく拳を突き出す。

 拳を互いにぶつけて手を振らながらスピード落とし別の道へと曲がった。

 その日の晩は何度もその光景を思い出しなかなか眠れなかった。一人で走って来た者にとって、それは今まで味わうことのできない行為だった。

 その日からまた走れるのがひたすらに楽しみになった。

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