四、処女懐胎
原題は『ろそん国帝王死去の事』。
これも内容的には最初の一行しかかかっておらず、実際のところは処女懐胎と受胎告知の話である。
雪が止むと帝王はようやく夢からさめたような心持になり、「まるやはどこへ行ったのだ。まるやまるや」と何度もその名を呼んだが、天に昇った跡となっては全てが無駄であった。もう会いに行く術も無くなった王様はそれでも気持ちを忘れられず、おいたわしい事に早逝してしまわれたのだった。
まるやは天に昇ってすぐにでうすの前に畏まって跪き、その姿を見たでうすは「いったい如何して天にやって来たのだ」と尋ねた。
まるやが事の次第を細かく語って聞かせるとでうすは大いに喜びたまいて「なんともよく来た事だ。お主に位を授けてやることにしよう」と言い、彼女に雪のさんた・まるやという称号を与えた。それからすぐに下界に送り返してやり、まるやは無事に元の宿に帰る事ができたのであった。
さてある時、まるやが書物をご覧になられているとでうすが天より下らせた文字が浮かび上がっている事に気が付いた。さて一体何処に御出でなさるのだろうと待ちわびていた。まもなくしてさん・がむりあ・ありかんじょ(※聖ガブリエル)を御遣いとして天から下らせる事になった。
びるぜん・さんた・まるやの前に跪き、さん・がむりあはこう告げた。
「このたびでうすからの御遣いを届けに参りました。其元の涼やかでまや清い御身体を御貸し下され」
それを聞いたまるやは大変に喜び「一体どちらに下りて来られるのだろうと案じていたのですが、まさか此方に御出でくださるとは」と言い、続けて「御心にお任せするだけです」と承諾したのだった。
さん・がむりあは「二月ごろに天から下ってくるゆえ、よろしくたのみ奉る」と重ね重ね伝えて帰っていった。
そして二月中旬になった頃にはまるやは今や遅しと待ち構える心地で、身を慎みながらその時を待っていた。
ある日の夕暮れの事、蝶の御姿を取られたぜうすが天より下ってきてびるぜん・まるやの顔を触れられた。その折にころうどのさんた・まるや(※ポルトガル語。Coroa。花冠の意)という名を与え、その口の中に飛びこまれた。そうしてそれからすぐ、まるやは懐妊したのであった。
それから四カ月もするとまるやはすっかり身重になったが、一方のいざべるな(※前出の聖ヨハネの母となる女性。マリアの年の離れた友人でもあった)の方も臨月であったので「さぞ苦しかろう」と見舞に行く事にした。
お互いに相手を尋ねようとしていたところだったので二人はあべ川でちょうど出会ったのだがいざべるなはまるやの姿を見た途端に手をついて平伏し、こう言った。
「がらさ(※Graca。神の恩恵)に満ちたまるやの御身に是非とも御礼を申し上げます。でうすは御身と共にあるのですね。女人の中でこれほどの果報を得た者はかつておりませんでした。その御体内にましますじすうす(Jesus。イエスの名)はまことに尊い御子です」
これを聞いたまるやはこう言った。
「天にまします我らの御主は御名を聞くだけですら尊いのにこの身に来られたのです。天にある時に思い召すままにあるよう、地にてもそうあられましょう。天より日々のご養いもありましょう」
まるやの体内にあるうちから二つの言葉を聞こえ召された事から、御誕生ののち、こんりきのがらつさ天にまします、これをつくりてとなへさせたもふ也。【註釈.1】
また、あべ川にてつくらせたゆえにあべまるや一結びというのである。
この川で積もる話をなされた後、二人は互いに分かれて家路に帰られたのだった。
【註釈.1】意味が不明瞭のため原文をそのまま掲載した(傍点部)。
キリシタン研究者の田北耕也氏は後に続くアヴェ・マリアの祈祷の起源伝承と同じように、当時存在したのであろう「こんりき(?)のガラシャ」なる祈祷の起源を語った部分だと推察みている。
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