第97話 マナとヒワ

ヒワはマナの部屋で荷造りの手伝いをしていた。明日マナはアパートを引き払い実家に戻ることになっている。そして卒業式の前日にまた東京に来ることになっていた。


マナとヒワの地元はこれといった産業はなく、農業が中心で就職先がない。


マナは地元の町役場にコネで就職を決め、ヒワは東京に本社のあるそれなりに有名な大企業に就職し、このまま東京で頑張ることになった。


大学の4年間、家族のようにずっと一緒だった二人の進路は別れることになる。


マナの家もヒワの家も農家である。だが広大な農地を所有し、バイパス沿いの土地をショッピングセンターなどに貸し、地代を得ている地元の有力者であるマナの家に比べて、農地で取れる作物を売るだけでは生活できず、父と母が現場作業員やパートの仕事をして生計を立てているヒワの家だった。


ヒワの横顔を見ながら、マナは初めてヒワと話した時のことを思い出す。


推薦で東京の名門女子大に入学を決めたマナは、担任の先生から呼び出された。進路指導室に行くと、先生とおかっぱの少女がいた。クラスが違うので名前は知らないが面識はある。うちの高校から初めて一般受験でマナと同じ女子大に受かったので、二人で協力してやってほしいと先生は二人を紹介した。そのおかっぱの少女は立ち上がってマナに挨拶をした。


「はじめまして、穂刈田日和ほかりだひわです。よろしくお願いします。」


それで二人一緒に上京して住まい探しをしたのだが、ヒワが決めたのはバストイレ付ではあるが築30年のおんぼろアパートだった。マナはもっといいマンションが良かったが、ヒワの予算はかなり厳しいようだ。別にマナはマンションにしても良かったのだが、初めての上京と一人暮らしの不安と心細さがヒワと同じアパートに住むことを決めさせた。


安いビジネスホテルのツインの部屋で、


「うちの両親は奨学金はお前の借金になってしまうからと言って、苦労してお金をかき集めてくれている。だから、学費と最低限の生活費以外は自分で稼ぎたい。東京で就職して、弟を東京の大学に入れて、いつか両親も呼び寄せたい。」


同い年なのに、しっかりしてるなとマナは思った。


以降、マナはアルバイトやサークルもヒワについて行く形になって、それこそ四年間朝から晩までヒワと過ごすことになった。ディズニーランドも海外旅行も縁がなかったが、けっこう楽しく大学生活を送れた気がするマナだった。




「出来上がったよ。」


ユウとリンが、車でマナのメタリックオレンジのサーリークロスチェックを持って来た。マナとヒワの地元にはスポーツサイクルを扱う店がない。一度オーバーホールした方がいいだろうとリンが預かって作業していたのである。


「けっこう傷んでいた。ずいぶん乗っていたんだね。」


それはそうだろう。『ワンスモア』の活動のほか、ミトとのサイクリングや大学への通学、バイト先への移動などマナとヒワは2年間ほぼ毎日晴れの日も雨の日もクロスチェックに乗っていた。


マナのクロスチェックは部屋に上げられ、分解され輪行袋に入れられた。ユウがヒワのブルーグレーのクロスチェックを車に積もうとするので、ヒワが止めようとすると


「ヒワ先輩のクロスチェックも同じ位傷んでいるだろうから、オーバーホールした方がいいです。」


ユウはその間の代車として自分のスチームローラーを持って来ていた。ユウはカナのリーベンデール クレムスミスジュニアのHタイプを借りる約束をしている。


「ありがとう。地元でもクロチェに乗るよ。いつかサイクリングに来て。それまでに良いコース探しとく。」


ユウとリンはマナと握手して、帰って行った。




その晩、マナの部屋は荷物でいっぱいなので、マナはヒワの部屋で布団を並べて寝た。


暗闇の中で、ヒワの声がする。


「マナちゃん、4年間付き合わせちゃってゴメンね。マナちゃんが一緒だったから頑張れた。ありがとう。」


「ううん、4年間楽しかった。あっという間だったよ。」


ヒワの手がマナの布団にもぐりこんできて、マナの手を握った。ヒワの嗚咽が聞こえる。マナは布団をはねのけて起き上がるとヒワを抱きしめて泣いた。


翌日、引っ越しの荷物が運び出されてマナも飛行機で地元に帰る。二人はもう笑顔だった。握手をして手を振って別れる。


離ればなれになっても、同じ空の下で同じクロスチェックに乗っている。

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