第96話 ユウとリンのバレンタインデー

「欲しい、欲しい、バレンタインのチョコが欲しいよ〜。」


夕食の後、リンはソファでテレビを見ていたが、チョコレートのCMを見てスイッチが入ったように足をばたばたさせた。


食器を洗いながら、ハルが


「はいはい、私があげるですよ。」

「ちがう、ちがうの。ユウからのチョコが欲しいの〜。」

「ユウ先輩にそう言えばいいじゃないですか。」


リンは涙目でキッとハルを睨んだ。


「私はユウの気持ちが欲しいの。」


面倒くせえ、ハルは思った。だがリンがそう言うなら、叶えてあげるのが自分の仕事だ。


翌日、ハルはユウが部室に向かうところを待ち伏せた。


「リン先輩にバレンタインのチョコレートを上げて欲しいんですよ。」


「え、何で?」ユウは心底不思議そうに答えた。


こいつ、天然か? 天然なのか? あれだけ、リン先輩から高価なプレゼントをいくつももらっておいて、下心がない訳ないだろうが。どうせ、何十倍になって帰って来るんだから、お歳暮だと思って黙って上げればいいんですよ。


「つべこべ言わず、用意すればいいんですよ。」


「は、はい。」ユウはハルの気迫に負けて、頷いた。


バレンタインデー当日は、ユウの家でディナーだった。妻と娘、リンとハルからチョコレートをもらったユウの父は、この上なく幸せそうだった。スパークリングワインの酔いが回ると、チョコレートを抱えて部屋に戻ってしまった。チョコレートはブランデーなどと一緒に少しずつ食べるらしい。


ユウたちは、父が会社でもらってきた義理チョコや自分たち用に買ってきたチョコレートを食べた。夕食が終わってユウとリンはユウの部屋に行く。ハルは後片付けの手伝いをするからと、ダイニングに残った。


「はい、リン。これ私からのバレンタインのチョコレートです。」


ユウが差し出したチョコレートの小箱は、後光が差して見えた。開けると上等そうなトリュフが6個並んでいる。


「ねえ、ユウ。アーンして。」


「ハイハイ、はい、アーン。」


ユウはチョコレートを一粒つまんで、リンの口にポーンと放り入れた。


リンはもぐもぐと口を動かした。


「美味しー。」


「ねえねえ、ユウ。今度は口移しで食べさせて。」


「調子に乗るな♡」


バレンタインデーの夜は更けていくのであった。

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