第91話 五色、帰省する

ユウたちが、しまなみ海道にサイクリングに行っている頃、五色は群馬県と新潟県の県境である三国峠を目指して、ロングホールトラッカーで国道17号線の坂道をゆっくり登っていた。すでに東京のマンションから出発して3日目のことである。


日焼けを防ぐためのつばの広い帽子とシェード、涼感の化学繊維の長袖のTシャツとタイツ、指付きのグローブ、首にはタオルを巻いて、顔には強力な日焼け止めを塗っているが、それでも色白な五色の顔は真っ赤に日焼けしていた。


五色が清空寮の寮生の食事の買い出しのため、『ワンスモア』に頼んで探してもらった、サーリーロングホールトラッカーはその能力を如何なく発揮していた。清空寮が取り壊しになって、寮生がマンションに引っ越してからも買い出しに活躍していたが、3月に4人が大学を卒業してしまうと4年生2人と五色だけになってしまった。食事の提供は続けているが、人数が半分以下になったので買い出しの回数は少なくなったし、重い食材を積むこともなくなってきた。


暇になった五色は、『ワンスモア』のポタリングに参加するようになった。そうしているうちに、ロングホールトラッカーの本来の利用方法、荷物を積んでのロングツーリングに興味が出て来たのである。


キャンプもしてみたかったが、テントや寝袋その他装備に費用がかかることと、若い女性のソロキャンプの安全に不安があったので、今回はホテルを利用するツーリングとしたのだった。


ロングホールトラッカーは帰省の大荷物を積んで走る。長いホイールベースにより直進安定性が高いので気を使わず走り続けることができる。


五色は、朝早い内に出発し、正午から3時位の間はなるべく公園などの木陰やショッピングセンターの中で休むようにしていた。『ワンスモア』から輪行袋を借りてきているので、何かあればすぐにツーリングを止めて輪行に切り替えるつもりである。夏の暑い最中でもあるし、特に体調が悪くなったら絶対に無理はしないよう、ユウに言われていた。


とうとう県境にある三国トンネルまでたどりついた。暗くて狭いトンネルをおっかなびっくり越えると新潟県に入る。ここからは日本海に向かって下り基調である。五色は越後湯沢まで一気に駆け下りた。


結局、新潟県上越市直江津の実家には4日目に着いた。途中の宿泊は全てビジネスホテルだったので、新幹線より費用がかかった。だが、五色の心の中には走りきった充実感があった。


帰省から戻った五色はキャンプ道具を揃え、涼しくなるとハルやカナを誘って、管理人が常駐して安全性が高そうなキャンプ場あたりからキャンプツーリングを始めた。


キャンプ場で焚き火をしながら、夜空を眺めてお酒を飲んでおしゃべりを楽しんだりする。五色のツーリングは、だんだん距離と日数が長くなっていった。


そして、五色は大学を卒業するとロングホールトラッカーで世界一周旅行に出発した、、、





ということはなかったが、日本国内津々浦々をロングホールトラッカーで旅して回るようになった。ロングホールトラッカーは、五色の元で再び旅する自転車となったのである。

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