第88話 カナ、二台目がほしくなる

カナは悩んでいた。


『ワンスモア』の活動は、月2回のポタリングがメインである。このポタリングは原則として、比較的近距離で全て自走である。


それ以外の休みの日は、各自で自由に活動している。ユウはリンとポタリングに行っているし、ハルも大体は同行するのでカナにもお誘いがかかる。この時は、朝から晩までのサイクリングや自動車に積んで遠出したり、鉄道で輪行したりすることがある。


カナのリーベンデールは、どんな状況でも如何無くその実力を発揮していた。そんなカナの愛車にも唯一弱点があった。


重いのである。


もちろん、シティサイクルよりは軽い。だが、カナのリーベンデールはシマノの11段変速のハブギアを搭載し、前輪にもライト用のハブダイナモが入れてある。そして英国のブルックスのバネ付きの革サドルまで付けているリーベンデールを輪行で担ぐのは大変だった。以前、輪行した時は自分で担ぐことができず、リンに運んでもらった。おまけに輪行の時、タイヤやドロヨケを外すのも一苦労である。


それ以外は、リーベンデールにカナは満足していた。要は時折、輪行する時だけもう少し軽い自転車がほしいのだった。


カナはハルに相談した。ハルは部長であるユウの顔を立ててユウに相談し、ユウは自転車のことはリンの方が詳しいからとリンに相談した。たらい回しの末、話を聞いたリンは、フレームとスチームローラーと規格の違う部品だけ用意すれば、手持ちの中古部品はあげるし、組み立てもやってくれるということだった。


なら、ハルと同じサーリーのクロスチェックがいいかなとカナは思った。それならフレームとリヤホイール、ブレーキ等を購入すれば済む。スチームローラーならもっと購入する部品が少なくて済むのだが、ユウやリンと同じ自転車にするのは何となく気が引けた。どうせ中古部品を使うなら、フレームも中古でいい。まだまだリーベンデールのカスタムも途上なので、なるべく安く上げたいと思ってネットオークションなどをチェックする、カナだった。


しばらくしても、カナに合うサイズのクロスチェックのフレームは見つからなかった。たまに出ても傷だらけだったり、事故車を疑わせるフレームで入札に踏み切れなかった。


仕方ないので、新品のフレームを購入するかと思ったところで、カナはリーベンデールを購入した世田谷区の自転車屋のHPで取り扱っているメーカーのフレームを見ていた。そこで気付いた。


カナのリーベンデールはクレムスミスジュニアというモデルである。このモデルには、フレームにLタイプとHタイプがあった。カナの乗っているシティサイクルみたいなフレームはLタイプで、Hタイプはスポーツサイクルに多いダイヤモンド型(いわゆる菱形)のフレームである。そしてHタイプはLタイプより剛性が高く良く走りますという記載があった。


カナは自分のリーベンデールに満足していたので、今まで気付かなかったのだが、カナは、この『HタイプはLタイプより良く走ります。』というフレーズが頭から離れなくなった。


気になってしょうがないので、クレムスミスジュニアのHタイプのフレームの完成車の在庫があるのを確認すると、カナはハルと一緒に自転車屋に行った。今乗っているLタイプと同じマスタードイエローのHタイプがそこにあった。サーリーのクロスチェックより凝った作りのリーベンデール。完全に予算オーバーなので、カナはしばし悩んでいたが好奇心に負けた。


カナは2台のリーベンデールを使い分けるようになった。通学はLタイプに乗り、ポタリング等はHタイプに乗る。Hタイプでの輪行はだいぶ楽になった。Lタイプは使いやすさを優先したカスタム、Hタイプは軽量化を優先したカスタムで、カナは自分の小遣いをリーベンデールのカスタムにつぎ込んだ。





「フレームのタイプが違うとは言え、同じ自転車しかも同じ色のを買うなんてバカじゃないですか?」


美宇奈が笑ったところで、


「カナ先輩に失礼なことを言うんじゃない!」


カナに恩義のある静里が美宇奈のツインテールの後頭部をどつく。


「痛ーい。」美宇奈は両手で頭を抱えて、うずくまった。


静里を制止しながら


「いいのよ。私が一番分かってる。」たははと苦笑いするカナなのであった。

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