第87話 ハル、告白される
「付き合っている人は、いますか?」
駅前の本屋でハルは雑誌を買っていた。晩ご飯に何を作ろうか考えていたハルは、ハッと我に帰った。ハルと同じくらいであろう年の少年の店員が笑顔で本とレシート、お釣りを渡してくれる。
ハルは家までクロスチェックに乗りながら呟いた。
「あの店員、私に気があるかもですよ。」
ユウたちが在学している大学は女子大だけあって、男性は教職員くらいである。最も学生に手を出すと系列の大学に飛ばされるので、そんな度胸のある男はいないと、ハルは清空寮が取り壊しになった時に仲良くなった担当の女性職員に聞いている。初めての時は生意気でいい感じではなかったが、実は気さくだった女性職員は、私達も男に不自由しているのに学生に回してたまるもんですか、と笑っていた。
他の大学の男子学生に目を向けようにも、近くに他の大学がなく交流があまりない。電車で都心まで出てサークルなどの交流をしている学生もいるが、恋愛にも地の利というものがあるらしく、何かと不利なようであった。
『ワンスモア』の部員にも、彼がいるという部員はいない。隠してる部員もいるかも知れないが、ユウにはリンがべったりだし、カナも部室に入り浸っている。マナとヒワはバイトに明け暮れ、五色も毎日の食事の仕度が忙しい。静里と美宇奈の双子は、お互いが一番大切なようであって嘘をつくようには思えなかった。
最も親からしてみれば大事な娘に悪い虫がついたら困るので、わざわざ娘をこの女子大に入れる親もいて、その辺りが名門と言われる所以でもあった。
女子大だからという訳でもないだろうが、女性同士の恋バナはちらほら聞く。学内で一番有名なカップルはイタリアの旧いバイクに乗っている二人で、ユウとリンもおそらくベスト3には入っているだろう。だが、ユウとリンがベスト3なのだから、他のカップルもどのあたりまで事実なのか怪しいものだった。
そんな訳で、この大学の学生で彼氏がいるというのは非常にステータスが高いのであった。
ハルは大学を卒業したら小諸に戻るつもりだが、それまで彼と楽しい大学生活を送るのも悪くない。卒業の時に別れたくないとすがりつかれたら、小諸に連れて帰ればいいのだ。どの道、婿養子を取るのだから。
食器を洗いながら、にやけた笑いを浮かべるハルをリンが気味悪そうに見つめている。
翌日、ハルはまた本屋に行った。愛読している漫画雑誌『まんがタイムスペシャル』を持ってレジに行く。レジの店員は昨日の少年だった。本と代金を渡し、ハルはそっとささやいた。
「付き合っている人は、いないですよ。」
少年の顔がぱっと輝いた。
「よかった。できたら、お姉さんの連絡先教えてくれないかな?」
へ?
私じゃないの?
って言うか、お姉さんって、誰?
そういえば、この店にはリンも一緒にちょくちょく来ていた。
ハルの頭にカッと血が昇った。そして、ハルはぺこりと頭を下げた。
「すみません。もう二度と話しかけないでください。」
その後、しばらくハルはその本屋に近づくことはなかった。何ヶ月後に行った時には、くだんの店員もいなくなっていた。
その本屋の少年を気に入っているのなら、
「私じゃダメですか?」
と聞けばよかったのかも知れない。童顔で小柄とは言え、ハルも充分美少女なのだから。だが、小諸の大地主の一人娘で、地元の名門女子高、そしてこの名門女子大に入学したハルは意外と短気でプライドも高かったので、それを言うことはできなかった。
逃した魚は案外大きかったのか、その後ハルにこれといった出会いはなかった。
そして、ハルも多くの学生と同様、卒業まで男っ気のない大学生活を過ごすことになるのであった。
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