第86話 双子の自転車
日曜日、ユウとリン、ハルとカナ、静里と美宇奈は、ミニバンで世田谷区の自転車屋に向かっていた。
前日の土曜日、美宇奈は一人で台湾の大手自転車メーカーの直営店にクロスバイクの試乗に行っていた。静里はできればリーベンデールにしたいと言ってついてきてくれなかった。
試乗したクロスバイクは良く走った。フレームはアルミで軽いし、フロントフォークはサスペンション付きで衝撃を吸収してくれる。
「これで充分じゃん。」
美宇奈は思った。唯一気になるとすればちょっと見た目が派手過ぎることだろうか。アルミの偏平パイプで作られたフレームの鮮やかな色とグラフィックはすごくスポーティーで、活発でスポーツ好きな美宇奈は
「カッコいいじゃん。」
と思うが、そうでない静里や先輩たちはちょっと派手だと思うのかも知れない。先輩たちの自転車は、みな落ち着いた色でクラシックな雰囲気をしていた。
そんな事をぼーっと考えている内に自転車屋に着いた。
とりあえず、欲しい自転車が決まってない美宇奈には自由に見学してもらって、静里のリーベンデールの見積をしてもらう。お店にある部品で一番安いものを組み合わせても、どうしても20万円を数万円超えてしまう。残念だが仕方ない、静里は諦めた。そんな静里の横顔を見て、カナが決心したようだった。
「私のリーベンデールの余ってる部品を貸してあげる。」
静里が驚いた顔でカナを見た。カナはハルに影響されて、リーベンデールの部品を少しずつアメリカンハイエンドパーツ等に交換していた。ヘッドパーツをクリスキングに、フロントホイールはシュミットのダイナモハブを使った物、サドルは英国のブルックスのバネ入りの革サドル、チューブズのリアラック、トムソンのシートポスト等、交換した元の部品が残っている。
「あげるんじゃないわ。私が大学を卒業するまでには返してね。」
カナが静里にウインクした。
もう一度見積りし直すと、消費税込み20万円で行けそうだった。居合わせたみんながホッとしたところで、店長が言いづらそうに口を挟んだ。
「すみません、工賃がまだ見積りに入ってません。」
車体とホイールの組み立てに工賃が3万円弱かかる。静里は肩を落とした。後少しなのに手が届かない。
「組み立ては私がやる。」みんながリンを見た。
「熱意があるなら応えるのが、『ワンスモア』の流儀よ。」
「リン先輩、カッコいい。」「愛してる♡」ハルとカナがはやし立てる。
「ありがとうございます。」静里は深々と頭を下げた。
「店長さん、ゴメンね。今回は許して。」
「いえいえ、いいんですよ。いい先輩を持って良かったですね。」
結局、リーベンデールのフレームにお店でないと難しいヘッドパイプとボトムブラケットのフェイスカットとネジ穴のタップがけ、ヘッドパーツの圧入をしてもらって購入することになった。
静里の自転車は決まった。
その頃、美宇奈はジュースでも飲もうと思って、店の外に出ていた。店の前には自転車を吊るすラックがあって、客や店のスタッフの自転車が掛けてある。ふと、その中の一台に美宇奈の目が止まった。
静里の自転車が決まって、ユウたちがちょっとホッとした時に、美宇奈が店の中に飛び込んで来た。
「あ、あの自転車、誰のですか?」
「どれですか?」店長が店を出る。
「あれです、あの黒いやつ!」
「ああ。」店長はその自転車をラックから外した。
「これは、うちのスタッフの自転車でサーリーのロウサイドという自転車です。マウンテンバイクとBMXを足したような自転車で、75ミリもある太いタイヤで走る場所を選びません。」
「メーカー完成車だとシングルスピードですが、後で変速も付けられます。」
その自転車のフレームは、黒だがラメが入っていてキラキラと輝いている。
持ち主のスタッフにお願いして、試乗させてもらう。美宇奈は店の周りを走って戻ってくると叫んだ。
「これにします。これをください!」
こうして、美宇奈の自転車も決まったのだった。
ユウはちょっと心配だった。美宇奈の自転車は舗装路を走るのには向いてなさそうだし、すぐ飽きちゃうんじゃないかと思ったのである。
だが、それは杞憂だった。スポーツ少女の美宇奈はポタリングでも余裕でついて来るし、通学も静里のリーベンデールと一緒にやって来る。ロウサイドで大学内の階段を駆け降りたり、ウイリーで走ったりして、大学の職員に怒られる程の有名人になるのだった。
そして、静里と美宇奈の双子は『ワンスモア』の一員となったのである。
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