第80話 ミト、卒業する。そしてユウ、部長になる

3月も半ばを過ぎて、いよいよミトの卒業が近づいて来た。ミトは自転車に関する仕事をしたいと思っていた時期もあったようだが、結局、一般企業に就職を決めた。ロードバイクは趣味として続けていくつもりとのこと。


大学の卒業式の後、『ワンスモア』で卒業パーティーをすることになって、部室にユウを始め部員一同と五色まで集まった。部室のロードバイクは一時的に移され、部室は飾り付けられた。テーブルの上には、五色とハル、カナで作った料理とお酒がずらりと並んだ。


ハルが乾杯の音頭を取る。


「ミト先輩、長らく部長のお仕事お疲れ様でした。卒業おめでとうございます。カンパーイ!」


「「「「「カンパーイ!」」」」」


スパークリングワインの入ったグラスが音を立てる。


マナとヒワがミトの両隣に座って、お酌をする。マナとヒワはもう半分泣いていた。ミトはあまり熱心とは言えない部員だったマナとヒワの面倒をよく見ていた。マナとヒワはロードバイクには傾かなかったが、ポタリングやサイクリングの楽しさに目覚めてくれた。


あまりミトが酔わないうちにと、ハルがミトに挨拶を頼んだ。


「私がコトコ先輩から部長を引き継いだ時、正直いつまで『ワンスモア』を続けられるか不安でした。でも今これだけの部員が集まってくれて、とても嬉しいです。私が卒業しても『ワンスモア』が続いて行くのが嬉しいです。本当にありがとう。」


ミトが涙ぐむと、拍手が起こった。ハルが続ける。


「それでは、ミト部長に記念品の贈呈です。」


マナとヒワが部室から出て、記念品を持って戻って来た。それは、ミトのロードバイクと同じ淡い水色にカスタムペイントされたシングルスピード仕様のサーリークロスチェック。ネットオークションで見つけた中古車両を、リンがオーバーホールしたオンリーワンの自転車。あまりミトと折り合いの良くなかったリンがこの自転車は他の人間に触らせず、自分が全ての作業をしていた。


「この自転車で卒業してもポタリングに来てください。」


ハルが涙を浮かべた。


「ありがとう、本当にありがとう。この自転車をずっと大切にします。最後に、私に部長としての最後の仕事をさせてください。」


みんなが静まり返った。


「ユウさん、あなたを次の部長に任命します。『ワンスモア』を部員のみんなをよろしくお願いします。」


「では、ユウ新部長、就任の挨拶をお願いします。」


ユウが立ち上がった。


「新しく部長を仰せつかりました、祖父江祐子そふえゆうこです。みんなと一緒に自転車を楽しみながら、みんなの助力を得て『ワンスモア』の運営に取り組んで行きたいと思います。どうか、よろしくお願いします。」


拍手が起こった。友達のいない、半分引きこもりのようだった少女は、スチームローラーと出会って、リンというかけがえのない存在を得て、変わった。そして小さいとはいえ、サークルの部長を務めるまで成長した。先輩に好かれ、同級生に愛され、後輩に慕われる女性。ユウは自分がずっと憧れていた人間になれたのだった。




(シングルスピード第二部 完)

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