第66話 清空寮のお母さん

スマホのアラームがなって、ハルは目覚めた。あくびをして、背伸びをする。清空寮のハルの部屋は、元々4人部屋で2段ベッドが2つ置いてあったのを1人で使っているので充分な広さがあった。壁には大事なクロスチェックが立て掛けてある。


パジャマからルームウェアに着替えて、洗面所で顔を洗って1階の食堂に行く。


「おはようございます、五色ごしき先輩。」


「おはよう、ハル。卵はどうする?」


「一つは生で、もう一つは目玉焼きでお願いします。」


「はいよ。」五色はフライパンを温めると、手際よくハムと卵を落とす。


ハルは大きな炊飯ジャーからご飯をどんぶりによそって、大鍋の野菜がたくさん入った味噌汁をお椀に入れた。出来上がった目玉焼きをもらって、テーブルで生卵を卵かけごはんにしてぱくぱくと食べ始める。


あっという間に食べ終わると、魔法瓶からお茶を入れて飲んだ。


「ごちそう様でした。あー、美味しかった。」


五色は嬉しそうな顔をした。頬にえくぼができる。五色は色白で丸顔のちょっとぽっちゃりした感じの女性だった。肩までたらした黒髪を無造作に束ねている。


ハルは、お茶を飲みながら食堂のホワイトボードを見た。『本日の夕食 鶏の唐揚げ』と書いてある。


「やった! 五色先輩の唐揚げ、大好き♡」


ハルはペンで自分の名前を書き込んだ。もうすでに何人かの名前が書いてある。


五色は2年生の寮生で、実家は新潟県の直江津で食堂を営んでいる。昔は清空寮で食事が出たのだが、寮生が少なくなると廃止されてしまった。なので寮の台所で自炊するか、何か買ってきて食べるか、学生食堂などで外食することになる。


五色は寮に入ると当たり前のように自炊を始めた。それが美味しそうなので、希望の寮生から材料費と若干の手間賃をもらって、寮内で朝食と夕食の提供を始めた。何てことのないメニューばかりなのだが、どれも一味工夫してあって美味しいのだった。今では、ほとんどの寮生がお世話になっている。そんな彼女を寮生は『清空寮のお母さん』と呼んでいた。


「ハル、大学には慣れた?」


「サークルにも入ったし、楽しくやっているです。」


「あの自転車、素敵ね。」


「えへへ、自慢の愛車です。」


「ねえ、ちょっと話を聞いてくれる?」


どうやら、五色は自転車について相談があるらしい。

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