第65話 ユウの父、車を乗り換える

ある日曜日、珍しく『ワンスモア』のイベントもリンとの約束もなくユウは朝寝坊をして、のんびり起きてきた。


朝食のトーストをかじりながら、久しぶりに1人で買い物に行こうかな、と考えていると、母の携帯電話が鳴った。


母が出て、何か話している内に青くなって、ユウに言った。


「ユウ、すぐ出かけるわ。車を出して。」


どうやら父に何かあったらしい。ユウはすぐ身仕度をして、母と出発した。車中での母の話によると、父が事故ったらしい。


ユウの父は、車の運転が趣味で現在はスズキスイフトスポーツのマニュアル車に乗っている。それで、日曜日の早朝から午前中にかけて奥多摩や秩父をドライブをするのが唯一の趣味だった。ユウも小学生の頃はよく連れて行かれたものだ。朝早いので、お店は全く開いておらず、帰って来てから家のそばのファミリーレストランで何か食べさせてもらうのが楽しみだった。


でも何で? とユウは思った。父はドライブは好きだが、至って安全運転だったからである。


奥多摩の現場に着くと、道路脇に父のスイフトスポーツが停まっていて、父が立っていた。ボンネットが歪んで少し開いているが、それ以外のダメージはなくどうやら事故ではなく故障のようだ。ワゴンRでスイフトスポーツをロープで牽引し、交通の邪魔にならないところまで移動させると、そこに置いて帰る事にして、父もワゴンRに移ってきた。帰りの車中、ユウは母があんなに怖い顔をしているのを見たことがなかった。


そして、家に帰って来た時は夕方になっていた。お茶を飲みながら、父の話を聞くと冷却水が漏れて警告灯が点いているのに気付かず、エンジンがオーバーヒートして壊れたらしい。ユウは車のメカニズムはよくわからないので、ふーんと聞いていた。もう走行距離が20万キロを超えている父のスイフトスポーツだった。


翌日、父が世話になっている整備工場のスタッフが現地までスイフトスポーツを引き揚げに行ってくれた。


2、3日後、夕食後に父が言い辛そうに切り出した。スイフトスポーツはやはりエンジンがもうダメで、中古のエンジンに載せ替える必要があるということだった。あと、冷却水漏れの修理、20万キロ超えなので足回りの部品やブレーキ、タイヤの交換などを考えると廃車にした方がいいとのこと。


ふだん全く妻に頭の上がらない父が恐る恐る、買い替えてもいいだろうか?と尋ねた。ユウは母が何と言うかと思った。母が許可しなければ父は唯一の趣味を奪われることになる。


「新車を買っていいわ。」


「え?」


「だから、新車を買っていいと言ってるの。」


父は母の言ったことが信じられないようだった。今のスイフトスポーツも何度もお願いして、ようやく中古での購入を許されたものだったからである。


「ただし、条件があります。」


父が身構えた。何を言われるのだろう、これ以上毎月の小遣いを減らされてしまうのだろうか?





結局、父はスズキのアルトワークスを新車で購入した。もちろんマニュアル車である。ワゴンRは下取りに出されてしまった。


そして新たに中古のトヨタのミニバンがやってきた。ユウの母は前から、家族で乗る車をもう少し大きい車にしたかったらしい。


ユウも嬉しかった。リンと2人の時ならスチームローラーを分解せずそのまま積めるし、車輪を外せば4人と4台が乗れそうである。パワーがある分、遠出も楽ちんになった。


このミニバンは『ワンスモア』の活動にも大いに貢献することになるのであった。

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