第59話 清空寮の乙女たち

ハルが『ワンスモア』に入部した晩、清空寮の畳の集会室では乙女たちが車座になって語り合っていた。座の中心には、お酒の瓶とつまみがずらりと並んでいる。


酒の入ったコップをあおっている1人が言った。


「ハル、あの2人って、やっぱりデキてんの?」


「紅尾先輩は好き好き光線出してますけど、祖父江先輩は全く気付いてないですね。」


「アハハハハ。」「ぎゃはははは。」


乙女たちの下品な笑い声が響いた。


「でも、自転車のことなら頼りになりそうだし、お二人ともいい人なんで私が一肌脱ごうと思っているですよ。」


ハルはまだ未成年でお酒は飲めないはずだが、なぜか酩酊しているように見えた。


乙女たちの宴会は夜遅くまで続いたのだった。



一方、リンの家にお泊りしているユウは、リンにハルの住んでいる清空寮について聞いているところだった。


清空寮は、戦前に建てられた木造二階建ての寄宿舎である。


ユウたちが在学している女子大は、元は看護師を養成する看護学校が前身だった。

この辺りは東京郊外ではあるが昔は田舎と言ってよく、戦前からサナトリウム(肺結核の療養所)が多くあった。そのサナトリウムで働く看護師を養成するために開設されたのである。看護師を目指す女性は日本全国から集まり、サナトリウムでの実習も多いので、学生の多くは寮に入った。一時は、300人近い学生が寮生活を送っていたらしい。戦後になって、肺結核の特効薬が発明され、サナトリウムもなくなっていった。そして看護学校から女子大に衣替えして、名門と呼ばれるようになると寮に入る学生も少なくなり、老朽化もあって一棟また一棟と取り壊されていった。今では大学の敷地の一番奥に一棟を残すのみで、10人足らずの学生が入寮しているだけである。


リンは、入学する時、未成年かつ保証人のいない状態だったので、寮に入ろうかと思って見学に行ったが、あまりにオンボロなのでやめたといういきさつがあった。


その10人足らずの寮生は皆変わり者で、結束力が強いという評判なのだった。

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