第55話 ワンスモアのお客さん

その日も、ユウとリン、ミトは部室で駄弁っていた。すると、部室のドアをノックする音がした。


「どうぞ〜。」


ミトが言うと、ドアが開いて学生らしき女性が姿を見せた。


「あのー、こちらで自転車の修理をお願いできると聞いて来たんですが。」


「ああ、まず自転車を見せてもらえますか?」


ミトが愛想良く言った。


『ワンスモア』の部室には、時折こういうお客さんが現れる。大学のそばには自転車屋がなく、駅の近くの自転車屋まで持って行くのも大変なので、『ワンスモア』を頼って来るのだ。


いい小遣い稼ぎになるので、ミトはなるべくこれらの修理を引き受けるようにしていた。サークル所有のロードバイクだって維持費はかかる。持ち込まれる修理は、たいていはパンクで、たまにタイヤに空気を入れるだけという美味しい仕事もあるのだった。


ミトは、やって来た彼女に続いてサークル棟を出て、その自転車を見た。ユウとリンも後に続く。


ミトはその自転車を見た途端、不快な表情をしたのがユウには分かった。ミトはいつもニコニコしているので、真顔の時は大体不機嫌なのだった。


その自転車は後輪がパンクしていたが、後ろのタイヤが丸坊主になっていた。それどころか、たぶん雨晒しなのだろう、サビだらけだった。


「これはタイヤの交換も必要で、うちではできません。たぶん5000円以上かかると思います。」


「えー、この自転車、9980円だったんですよ!」彼女は不満気に言った。


「自転車屋さんで見てもらってください。私の言ったことは嘘ではないと分かってもらえると思います。修理するか、買い替えるかは、あなたの判断です。」


ミトはくるっと後ろを向いて、部室に戻ってしまった。ユウとリンもノロノロと戻る。


ミトは、インスタントコーヒーを入れると苦々し気に言った。


「あの自転車はもう手遅れ。修理する価値はないわ。」

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