第32話 ユウ、カスタムしたい

大学の夏休みも終わり、いつもの日常が戻って来た。


まだ暑いが、これから徐々に涼しくなってくるのだろう。


ユウはアルバイト代が入ったので、サイクルウェアやバッグを物色していた。と同時にスチームローラーをグレードアップしたいと考えていた。以前リンのマシンに乗った時のことが忘れられなかったのである。少しずつでいいから、あの乗り味に近付けたい。今回はウェアやバッグに費用がかかるので、予算は2万円である。


とりあえず、リンに聞いてみる。


「うーん。」


しばし悩むリン。2万円で乗りやすくなったことが分かるパーツ。


「タイヤかな。」


ユウは自分のスチームローラーのタイヤを見た。シュワルベのマラソンというタイヤである。耐久性と対パンク性能に優れていて、通学には最適なタイヤであるが、走行性能や重量に関して言えば、もっといいタイヤがある。


だが、まだ十分にタイヤの山が残っている。タイヤは消耗品なので、まだ使えるものを代えることは、ユウは気が乗らなかった。


「タイヤ以外で。」


また悩むリン。


「ハンドルは? カーボンにするとすごく振動が少なくなるわよ。」


ハンドルは、この前リンにシムワークスのクロモリスチールのハンドルを譲ってもらったばかりだ。すぐに交換してしまうのは、リンに申し訳ない。


「タイヤとハンドル以外で。」


リンは頭を抱えた。


が、少しして何か思いついたらしくユウにスチームローラーに乗って、なるべく小さい8の字を書くように走れと言う。しばし、クルクルと回った後、今度はリンのマシンで同じ感じで走るように言った。しばらくしてユウに聞く。


「違いが分かるかしら?」


「私のは最初ハンドルの動き出しが渋くて、力がかかるといきなり切れ込む感じ。リンのマシンは、最初からスムーズにハンドルが切れる。だから滑らかに曲がれる。」


リンは驚いた。自分の時は、何となく曲がりやすくなったとしか思わなかったが、ユウは的確に言葉にしている。リンは言った。


「ヘッドパーツを私と同じクリスキングにしましょう。」


ヘッドパーツとは、ハンドルがスムーズに切れるようにフレームとフロントフォークの間に入れるベアリングの付いたパーツである。


そしてクリスキングは、高性能なヘッドパーツを製造しているアメリカのメーカーであった。今だにアメリカ国内で製造している。


「それは、どこで売っているんですか?」ユウは尋ねる。


「とりあえず、ユウのスチームローラーを買った店に相談してみたら?」


なるほど、とユウは思った。このスチームローラーを買ってから、その後一度もお店に行ってない。ちゃんと乗っているところを見てもらうのも悪くない。そう思って、大学の帰りに駅まで行ってみる。


「あれ?」


店はなくなっていた。店のあった場所のガラスの中は空っぽになっている。つぶれてしまったのか? それとも移転したのか?


あの店は、ユウとスチームローラーを引き合わせるためだけに存在したのだろうか?ユウはそんなセンチメンタルなことを考えていた。


そのことをユウはリンに話した。結局、クリスキングのヘッドパーツはリンがお世話になっているお店で取り付けることになった。


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