第33話 ユウ、勧ユウされる

そろそろ秋めいて来た中、


ユウはスチームローラーで大学に向かっていた。大学の近くですっとロードバイクに追い越される。ロードバイクに追い越されるのは、よくあることだが、珍しいことにそのロードバイクに乗っているのは、サイクルウェア姿の女性のようだった。華奢な体つきで、後ろで束ねた髪が長い。ごめんね、という感じで左手をあげた。


後ろをついて走ると、そのロードバイクの女性も大学の正門から中に入って行った。ユウは不思議に思った。女性もロードバイクも今まで見かけたことがない。

駐輪場を見てみたが、やはりロードバイクはなかった。リンがやって来て、朝のあいさつをする。リンが今日はちょっと図書館で調べものがあるから遅くなると言うので、待っていると伝えて、教室に向かった。


授業が終わって、木陰のベンチで文庫本を読みながら待つ。すると、どこからか朝のロードバイクの女性が目の前に立った。


祖父江そふえ祐子ゆうこさんですね?」その女性はユウに話しかけた。ユウは顔を上げた。やはり見かけたことのない女性である。とりあえず、そうですが、と返すと、女性は


「私は、水戸みとハナエと言います。ロードバイクサークル『ワンスモア』の部長をしています。」控えめな感じでにっこり笑った。笑うと目が糸のようになって、可愛らしい。ユウより小柄で、リンよりもスリムというか、痩せっぽちな体つきである。


「祖父江さんは、ロードバイクに興味はありませんか?」


水戸と名乗った女性の右脇には、ユウのスチームローラーと同じクロモリスチールのフレームの淡い水色のロードバイクがある。


「今、ちょっと興味が湧きました。」ユウは答えた。


水戸は、嬉しそうにほほ笑んだ。


「ちょっと、隣に座ってもいいですか?」ユウがうなづくと、少し離れてベンチにちょこんと腰掛ける。


「私は、新入部員の勧誘をしています。自転車の好きそうな子を探して、声をかけているんです。」


「入学当初から、あなたのことは知っていました。ぜひ勧誘したいと思っていたのですが、紅尾べにおさんのガードが固くて、」


「リンと知り合いなんですか?」ユウが聞くと


「あら、あなたたち、仲がいいのね。」水戸に返されて、ユウは赤くなって俯く。


「去年、勧誘していたんですけど、最後まで断られてしまったの。」


「ロードバイクは敷居が高いと思われるかもしれないけど、とても楽しいスポーツなの。自分で走るよりずっとスピードが出せて、長い距離を走れる。やろうと思えば、ここから山中湖やまなかこに1日で行って帰って来られる。」


ユウは驚いた。そんなことができるとは思えない。


「自転車が好きな人なら、ぜひ一度経験してみてほしい。」


ユウは、水戸のロードバイクを見てみた。水色のフレームにHIROSEのロゴがある。うん?、HI-RO-SE、ヒ-ロ-セ?


「日本のメーカーなんですか?」ユウは尋ねた。


水戸は、よくぞ聞いてくれましたとばかり、話し始めた。


「このロードバイクは小平市こだいらしにある工房で作ってもらったの! 乗る人の体形や要望に合わせてオーダーメイドで、フレームのパイプを溶接して作るのよ!! 世界に1台だけの私のためだけのロードバイク!!! こんな贅沢があるかしら!!!!」


魅力的な人だなあと、ユウは思った。控えめな感じに見えたけど、中身は熱くて、ぐいぐい来るけど嫌味がない。


すると、その時、大きな声がした。


「水戸さん、ユウにちょっかいを出すんじゃない!」

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