第25話 リン、両親がいない

昼前に、ユウは帰った。今日のポタリングは、お休みである。


ユウは、疲労困憊であった。母に料理の礼を言って、お茶を持ってソファーに倒れ込む。


すかさず、猫が膝に乗った。


母に、リンも自動車教習所に一緒に行くのか、と聞かれたので、今回は行かないみたいと答える。母は自動車はおろか自転車も乗れない。買い物は週末に父に自動車で連れて行ってもらっているが、毎日の買い物は徒歩である。ユウが免許を取れば、ユウの運転で買い物に行けるだけに、ユウもやっぱりやめると言うと困るわ、と思ったが、


「一人でも行くよ。自動車に自転車を積んで、リンとサイクリングに行きたいから。」とユウは答えた。


リンの両親のことは、折を見て話そうとユウは思った。


一方、リンはプレゼントのベルを、早速リンのマシンのハンドルに取り付けた。


その後、リンはソファーに座って、ぼーっとしながら、昨日のことを思い返している。


急に自動車の免許の話を持ち出されて、つい動揺してしまった。ユウもびっくりしたと思う。


パパとママのことを久しぶりに思い出してしまった。楽しい思い出などなかったはずなのに、泣いてしまった。両親が交通事故で死んだということよりも、ぐしゃぐしゃになったクルマが怖かった。


リンの両親は、あまり仲が良くなかった。リンの前で言い争ったり、リンに悪口を言ったりはしなかったが、一緒に出かけたりすることはなかった。


それどころか、父親はリンに関心がないらしく、母親に到っては、リンに手間がかかるのが煩わしいようだった。


両親は、2人ともフルタイムの会社員で忙しく、家にいる時はそれぞれの部屋にこもっていた。学校の入学式、運動会、文化祭、卒業式なども全く来なかった。


そんな家庭で、リンは必要なことは自分で調べてするようになった。幸い、お金は言えばくれたので、どうにかなった。


それでもリンが母親の熱望していた女子高に合格した時は、母親も嬉しかったのだろう。入学式に来た。父親もたまたまスケジュールが空いたのか来て、3人で写真を撮った。家族で写っている写真は、これしかない。


リンは、中学からずっと陸上部で長距離走をしていた。走っている時は、頭が真っ白になって、何も考えずに済んだから。


高校三年生になって、リンは東京の大学に進学して家を出ようと決めた。推薦で、名門女子大の内定を受けた。両親も反対しなかった。


その年の年末に、父親と母親は正月の準備で買い物に行き、交通事故に遭った。なぜ、その時に限って2人で出かけたのか、リンにもわからない。


親戚とも全く疎遠で、リンは学校の先生の助けを得て、なんとか後始末をして上京してきた。


大学に通い出しても、何も変わらず一人だった。することがなくて通学用に買ったスチームローラーで、一人であちこち行ってみる生活。そんな時、ユウに出会った。


リンは、ユウに出会って変わった。ユウには優しくできるし、ユウに頼られるとすごくうれしい。自分もユウに甘えて、ついからかうようなことがしたくなる。一方で、ユウは妹の様に可愛いが、少しずつ成長して、自分と対等な関係を築こうとしている。


まだ出会って二ヵ月ほどだが、リンにとって、ユウはかけがえのない存在になりつつある。

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