第22話 リン、猫に睨まれる

ユウとリンは、充分休憩を取ってから、名栗なぐり村に向かって下り出す。急な下り坂は全くペダルを漕ぐ必要がない。あっという間に下りきって、名栗なぐり川沿いの道を走る。


小物橋こものばしの近くの蕎麦屋で、お昼を食べる。食べ終わる頃には、ユウもすっかり元気になっていた。


名栗なぐり川から入間いるま川沿いの道を散策しながら走り、飯能はんのう駅に着いたところで、また輪行して帰った。



翌日の月曜日、リンが大学に来たところ、ユウのシングルスピードがない。大体いつもは、朝ユウが先に来ていて、挨拶を交わしてから互いの教室に行く。


一応、ユウにメールを送る。


昼休みになっても、返事がない。リンは気が気ではなくなった。高校で陸上部だったリンにとっては、昨日の道は大したことはなかった。でも、ユウにとっては、かなりきつかったのかも知れない。午後の授業が終わると同時に、ユウの家に向かって走り出した。途中、行きつけのカフェに寄って、ユウの好きなタルトを買う。


ユウの母が、リンを迎え入れてくれた。昨日の夜は、別に何もなく元気だったが、今日の朝になって熱が出て、体のあちこちが痛いと言い出した。今は、鎮痛剤を飲んで寝ているとのこと。


「すみません、私が無理させたからです。」リンはユウの母に謝った。


「ユウは子どもの頃から疲れると、よく熱を出していた。気にしなくて大丈夫よ。」


リンは、そっとユウの部屋に入る。ユウの部屋に入るのは初めてだったが、意外と殺風景な感じだった。畳の部屋にベッドと本棚、洋服タンス、丸いちゃぶ台があるだけである。リンは、もっと少女趣味な部屋を想像していた。ベッドにユウが寝ている。顔が赤くて、息が少し荒い。ベッドに乗っている猫が、お前のせいだというような目でリンを睨んだ。


10分程、ユウの様子を見ていたが、起きそうもないので帰ることにした。


夜、家でぼーっとしていると、ユウからメールが来た。


「お見舞いありがとうございます。ちょっと疲れちゃったみたいです。心配しないでくださいね。」


リンは、ホッとした。翌日の朝、またメールが来る。


「おはようございます。だいぶ良くなりました。念の為、今日も休みます。」


水曜日の朝、リンが大学に着くと、ユウが立っていた。


「おはようございます。心配かけて、すみませんでした。」


「ごめんなさい、私が無理させた。」


「これからもリン先輩と一緒に走れるように、頑張って鍛えます。」


ユウは自信に満ちた笑顔を見せた。それは、リンも初めて見る笑顔だった。




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